現役火山と野湯を楽しむ♨九州の旅 1日目 【鹿児島県・熊本県】11/19
2020年 11月 27日

鉱石探しでHgに興味が出て鉱山のことを調べたりしていると、根本である火山に興味が出てきた。
是非とも現役火山やカルデラの町も見てみたいとpiccoloさんにリクエストすると、早速いろいろと調べてくれ九州を訪れることになった。
私は長崎を訪れた事があるが、piccoloさんは九州初めてなんだって!

私のリクエストは、熊本の阿蘇周辺と中岳の火口を見る事だったが足を延ばして開聞岳~桜島も追加となり、どうせなら野湯や温泉巡りもいいのではとpiccoloさんが情報収集する。
GOTOキャンペーンを使うが、コロナ感染が広がりつつあるので行くなら平日がいいだろうと19日の木曜出発の2泊3日の宿+新幹線で予約を取った。
熊本・鹿児島は私も初めての訪問。

みずほで新大阪07:51発→鹿児島中央駅11:32着、4時間弱で鹿児島到着とは早い!!
駅近くで予約していたレンタカーを借り、最初の予定地"タツノオトシゴハウス"へ。



子供の頃、よく父が海で獲って来てくれ水槽で泳いでいるのを眺めていた事もあったが何十年ぶりだろうかとワクワク。
タツノオトシゴハウスは海沿いの洋館のような建物で、カフェも併設され店舗内にあるいくつかの水槽の中で泳いでいた。


オーナーに話を聞くと、目の前の海岸の海藻に巻き付いているタツノオトシゴを獲ったりしながら養殖しているとのこと。


タツノオトシゴはヨウジウオに属する魚で、雄には育児嚢と呼ばれる袋があり雌はその袋に卵を産み、雄が育児嚢で孵化させて出産する。
人間もこういう造りになっていたら良かったのになと思う。

タツノオトシゴハウスは番所鼻自然公園内にあり、日本地図を作製した伊能忠敬が「けだし天下の絶景なり」とその景観を称賛したという。
番所鼻の溶結凝灰岩の環状プール群、24万年前の鳥浜火砕流堆積物(非溶結)の上に11万年前の阿多溶結凝灰岩が載り、鳥浜火砕流堆積物が柔らかいため浸食し去られた結果、上位の阿多溶結凝灰岩が陥没してできたと言われている。


外へ出ると目の前に広がる海の向こうに、開聞岳の素晴らしいお姿が見える。11月半ばなのに鹿児島県は夏日でめちゃくちゃ暑い!!。
お天気も良く、かなり陽射しがきついので着ている冬服を腕まくりしないといけない程だ。

次はイッシー&大ウナギで有名な池田湖を目指す。池田湖畔のお土産屋であまりの暑さでソフトクリームを買った。11月にソフトクリームを食べるなんて初めてだ。
池田湖はカルデラ湖になる。開聞岳の姿もここからバッチリ見える。

鹿児島県はカルデラが多く、加久藤カルデラ・姶良カルデラ・阿多カルデラ・鬼界カルデラ・池田カルデラがある。
阿多カルデラを調べていたら、古事記の話や鉱山関係の面白いことを知った。
”山幸彦(火遠理命ホオリノミコト)と海幸彦(火照命ホデリノミコト)”の話が出て来て、山幸彦が天皇家の祖で海幸彦が阿多隼人の祖らしい。
皇紀2,600年(西暦1940年)を記念して、皇祖揺籃の地である阿多の名前を付けた。海幸彦・山幸彦の神話(釣針のゆくえ)。

天照大神アマテラスオオミカミは地上を支配するためにその孫、瓊瓊杵尊ニニギノミコトを日向国高千穂に天孫降臨させました。
瓊瓊杵尊は吾田国(阿多)に到達し、ここで木花咲耶姫コノハナサクヤヒメ(『古事記』では神阿多都比売カムアタツヒメ)と結婚、生まれたのが3人の御子たちです。
山幸彦は神武天皇の祖父に当たります。

以前訪問した別子銅山や生野銀山と足尾銅山の小説を読んで知ったフランス人のコワニエさん、明治維新後にお雇い外国人1号で日本の鉱山の地質調査をした方が元々最初は維新前に薩摩藩の招聘に応じ、来薩【慶応3年(1867)】したとのこと。
薩摩藩の先見の明は凄かったんだ。でも維新前にどういうやり取りでフランス人のコワニエさんにいきついたんだろう?疑問が残る。

また池田湖旅の駅では、天然記念物の大ウナギ見られ、確かに太く大きくて1m20cmくらいありそうなのが4匹いた。池田湖ではミネラルたっぷりなのか大きく育つんだね。
ここからJR日本最南端の駅である、指宿枕崎線 西大山駅へと向かう。人気スポットなのか平日にもかかわらず観光客がそこそこ見学に来ていた。

次は山川砂むし保養施設「砂湯里」【指宿市山川】へ移動。中学生が修学旅行で来ていたみたいで着替えて出て来ている。
ちょうど私達が入る時に砂風呂に誰も居らずラッキーな時間帯だった。

砂が思いの外熱く、10分で出た。お風呂に入って砂と汗を流せば海風でスーッとして気持ちがいい。



この施設の上には、昭和18年頃から約20年間ここ伏目海岸一帯(伏目温泉)の温泉熱を利用した山川製塩塩田跡があるので車で移動して見に行く。
身体には”塩”が大事だと思い調べたことがある。以前はこの塩田のように塩造りは海水を塩田に撒いて天日干ししてから、窯で煮詰めて作っていた。


非常に手間がかかるが本当のミネラル(マグネシウム・カリウム・カリシウムも含まれる)たっぷりの体に良い塩だった。
1970年代を境にイオン交換膜製法になり、それまでの作り方を廃止させ塩素とナトリウムだけの塩になった。この製法は日本とその植民地であった台湾だけで他の国ではこの製法は採用されていない。


この製法が良いとするなら他の国も手間が省けるので真似をするはずだけどしていない。1970年代以前の成分内容と違う塩化ナトリウムという塩はあまり体に良くないので減塩を言い始めたのかな?と思う。
スーパーで販売されている塩の袋の裏面を見ると”イオン膜製法”の塩化ナトリウムのものばかり。
体に良いマグネシウム・カリウム・カリシウムが含まれる塩を探すのは大変だ。白砂糖についても日本独自製法だ。

塩田跡では現在もパイプから蒸気が吹き出していて、火傷しないように気をつけて見学した。潮が溜まっている所を見ると行ったことないけどトルコのパムッカレを思い出した。
この薄い小さな段々も温泉水、鉱泉の石灰の堆積になるからトラバーチンと言ってもいいのかな?
トラバーチンを調べたら建築内装の壁にも使われていて昔務めていた会社のビルの壁材に使われていたんだと思い出した。
あれがトラバーチンだったんだ。

あっという間に時間は過ぎていく、今夜の鹿児島市内のお宿に行く前に桜島にある温泉へ移動。
鹿児島からフェリーに乗って15分で桜島に到着、時間はPM18時過ぎなのですでに日は暮れている。
温泉に着くと夜間の平日なので誰も居なく貸し切りだった。


海沿いにあるので潮風を浴びながらの温泉タイム。お湯は鉄分を含んでいるのか凄い鉄の匂いがする。
桜島から湧き出している温泉なので現役火山由来なのかな?いい温泉に浸かり、またまたフェリーに乗り宿泊するお宿にチェツクイン。
こちらはめちゃくちゃ都会な感じがする、都会なのに火山が見えるのは関西人には不思議な感覚だ。
薩摩藩の歴史的な所も回りたかったが、予定に組み入れる時間が無く宿題となってしまった。

