テント泊で沢の原頭部探索と水辺の生物 PARTⅠ 5/4~5【奈良県内】
2022年 05月 20日



GWのお天気を確認していると期間内は気温が低そうだ。
5月4日の夜は他の曜日に比べて気温が高めということでテント泊は4,5の一泊二日と決定。
山の中へと入っていくとヤマシャクヤクが可愛い蕾を付けていた。
この辺りの岩は石灰岩だ。
数個は白い花びらになってきているので運がよかったら翌日の帰りに咲いているところが見られるかな。


岩場にはニリンソウが咲いている。
沢を登っていくと15cmくらいあるエンレイソウが花が終わって実がなり始めていた。
こんなに葉は大きくなるんだ。



イチリンソウも咲いている、イチリンソウはニリンソウより花の大きさが2倍ほどの大きさ。
ここまででもファンタジーな世界だ。


クルクル巻きの葉っぱが可愛い〜。


今日はめちゃくちゃいいお天気だ。静かな森の中へと入っていく。
可愛い木の芽がたくさん出ている、この子達はちゃんと育つだろうか、それともお腹をすかせた鹿ちゃんたちに食べられてしまうかな?


可愛い妖精たちがあっちこっちに咲いている。
大きな椎茸を発見。



ひときわ目立つ濃いピンクのミツバツツジが咲いていて、クマバチが密を吸いに来ている。
暖かそうな毛皮を羽織っているみたいで可愛い。



重たい荷物を担いでここまで来たので椅子に座って一休み。
こんな山奥には誰も来ません。
お腹がぺこぺこなのでランチに。



食べ終わり、ナップサックに荷物を入れて散策開始。
綺麗な白い岩が見えます、そこへ行くと熱水貫入した岩だと分かりました。


ザレ場が見えます。
拔けるような青空が広がっていてポカポカして気持ちがいい。

枯れた樹を鉢にする違う種類の樹が生えていました。

めちゃ可愛い肉厚の葉っぱが木から生えています。この子も可愛い花がもうすぐ咲くかな。調べても名前が見つからなかった。



細い沢が見えます、時間がまだまだたっぷりあるのでこの沢を歩いてみようとなりました。
辿っていくと綺麗な水泡が一部分だけにたくさん付いています。
何の卵だろう?真珠みたいで綺麗だ。

原頭部まで登っていきます。どんどん水が少なくなってきた。
しまいには水が無くなった、ここが原頭部。

斜面を登り違う谷間へと降りていき、また違う沢を探検。
いろんな沢の景観があって、なかなか楽しい。

テン場へと戻り、薪用に薪集め。
疲れたので夕方寝、1時間爆睡してしまった。


17時過ぎになり、お腹が空いてきたので夕食に準備。
沢の水でご飯を炊く。今日は焼肉だ。昼間に見つけたシイタケも焼く。
結構満腹になり、食後のコーヒーを飲む。
明るいうちに薪を更に集める。
お日様が沈んで行く~~~。

19時過ぎ、暗くなってきたのと寒くなってきたので薪に火をつける。
ここは本当に静かだ。
薪のパキパキと燃える音だけ。
炎が踊る姿を眺める。
拝火教と言われているゾロアスター教は、火を崇めているんじゃないらしい。
ササーン朝ペルシア帝国の国教で最近気になっていた所に図書館で奈良県立大学が刊行しているゾロアスター教のシンポジムの冊子があったので借りてみた。

紀元前12世紀にザラスシュトラ・スピターマが考え出した宗教でザラスシュトラをギリシャ語ではゾーロアストレース、英語ではゾロアスター、ドイツ語ではツァラトゥストラと言う。
ニーチェの ”ツァラトゥストラはかく語りき”の名前にも使われている。
これを先日、漫画版で読んだ、宗教はひどいことが起きても助けにはならないと言う内容だった。ゾロアスター教とは、何の関わりもない内容。
東大寺の修二会という行事を去年、NHKで生放送していて、長老がゾロアスター教と関係していることを語っていた。
この修二会の行事は大仏を作った時代に使われていた銅の鉱毒と水銀中毒でたくさんの死者が出たことによるお弔いの行事。(表向きにはそのように表現されていません)
その東大寺の長老が奈良県立大学のゾロアスター教のシンポジウムにも参加されていた。
シンポジウムではインドのパールスィーの方がゾロアスター教の説明をされていた。
パールスィーとはペルシャからやって来たインドのムンバイに住んだゾロアスター教徒のこと。

そもそも火を崇めているわけじゃなくアフラ・マズダーを崇めるのに火が必要な道具であるとのこと。偶像礼拝はしない。自然の事物を通して神を崇める。
一神教の始まりで、後のユダヤ教・キリスト教・イスラム教に影響を与えた。
ザラシュトラは善悪二元論を言っていなかったが数世紀たった後の人が善悪二元論を言いだしたようだ。
元々は631年に西域のソグド人がゾロアスター教を中国にもたらし活動していて、長安にゾロアスター神殿を建立。このゾロアスター教徒であるペルシア人やソグド人は最近親婚。
姉妹や母親と結婚する。血が近ければ近いほど良しとされている。




日本も現代とは違う定義で生活を営んできた過去があるので昔の人達の生きてきた社会を知ることは大切だと思った。
正しかったことが正しくなかったり、正しくなかったことが正しかったりと時代や支配者によって正義の定義はコロコロと変わるんだという事を知った。
日本に来た鑑真や空海がソグド人だと知った。
古代の日本の中央官僚の人はほとんどが渡来人だ。
新羅・百済・高句麗の人たちや中国の秦の人たちも西域の人たちだろう。
今はこの辺のことを調べている。
21時過ぎたのでテントに入り就寝。

