霧&強風とうっすら雪山ハイク 【大峰山脈・台高山脈 奈良県・三重県】2/10、17,24
2024年 03月 24日



2/10 木梶山から赤ゾレ池の周回コースを歩きに行く。
うっすらと積もった雪に鳥のフットプリントを見つけた。

道々テンのうんちをよく見かける。

シワシワのかわいいキノコ。



今日はめちゃくちゃ寒い。強風に打たれながら歩く。きつい~
スノーシューが出来るほどの雪は積もっていなかった。
最近知ったのだけどロシア人はマイナス20度から寒いと感じるらしい。
私なんて5度以下だとめちゃくちゃ寒いと感じる。
やはり極寒の地域で育つと寒さに強いようだ。

この数年前から、明治時代前後を知らなければ現代がわからないんじゃないかといろいろと興味を持って調べていて、こんな本に出くわした。



日露戦争時の日本にいたロシア人捕虜の話。びっくりするぐらいの人数が日本にいたのには驚いた。特に大阪府堺市浜寺に27000人も。この時代の捕虜は国際人道法で守られており、捕虜だからといって強制労働はなく、自由に街ブラ出来ていたらしい。



ロシア人と言っても、多民族国家なのでポーランド人、ドイツ人、ウクライナ人、モンゴル系とかいろいろな人種が来ていたんだろうな。日本人とも恋愛していたりもしていたんだろうな。アニメ「ゴールデンカムイ」を見ていなかったら、ポーランド人に着目していなかった。アイヌの少女アシリパちゃんの父親がポーランド人だったのに驚いた。ポーランドはその昔、ポーランド・リトアニア帝国で凄い力をもっていたが周辺国に切り分けられ亡国になってしまった過去がある。日本と東ヨーロッッパの関係も知らなければと調べ中。


日本人のロシアでの捕虜生活も漫画「ラーゲリ」で読んだ。


明治前後の日本人がどんな生活をしていたのか当時の写真集や古本で追っていっている。
現代の私達が学校で教えられていたこととは違う世界が見えてくる。




現代の化学会社や加工食品や医薬はドイツ系の多国籍企業が上位を占めている。ついで日本だ。
農業や牧畜の工業化はオランダやカナダやトルコが強い。日本とつながりが深い国ばかりだ。
医療・医薬品や食べ物の世界が数十年前から牛耳られている。変な研究ばかりされているところをまだまだ調べちゅう。


稜線へと出てきたら霧氷ではなく樹氷になっている。めちゃくちゃ気温が低いんだ。


赤ゾレ池は凍っていて雪が積もっていた。
風のないところでランチする。鍋焼きうどんで温まる。

下山してきて、氷の芸術を鑑賞。


2/17 和佐又の岩本新道から笙の窟周回コースを歩きに行く。
お天気予報は曇りになっていたと思うが山の中は霧が濃くめちゃくちゃ寒い。

歩いているとやたらとツチグリを見つける。この界隈はツチグリが多いようだ。
でもこんな早く出ているもんだったっけ?
調べてみたら、だいたいは初夏から秋にかけて見られる。
個々の斜面は日当たりが良いからなのか、早く出たのかな?

東南アジアでは缶詰があるらしく、国内では福島県では食べられている。
串揚げにすると中身がクリーミーで美味しいらしい。

地衣類が木から強風に煽られて剥がされたのかあっちこっちに散らばっている。
これなんかツルッツルの皮でできているみたいな感じだ。



岩場には粉のような地衣類もある。

岩に張り付いて広がる地衣類。

大きな岩がゴロゴロ。

赤い岩もある。

笙の窟に到着する。
岩から滴り落ちてきた水滴がみごとに凍っていて氷筍になっている。

祠を見ると飾ってある石仏のバックが炎になっている。
修験道ってゾロアスター教なのだろうか?
日本にはソグド人(佐伯氏、空海とか)がいたから関係もあるのかな?
最近、映画「敦煌」を見た。主人公の趙行徳の服装は聖徳太子と同じだった。
以前シルクロードの番組で莫高窟が写っていた時の壁画の中にも同じような服装の人がいた。里中満智子さんの漫画「持統天皇」の時代の衣装も同じだった。

日本人の出路は中央アジア辺りなんだろうとは思っているんだけど、どうだろうか?
大まかにはモンゴル系になるのかな?最近知ったのだけど元々満州はモンゴル人の国だった。
なので 清 は漢族ではなく、モンゴル系の国だったよう。日本が建国した満州国は五族共栄とうたい、日本人、モンゴル人、朝鮮人、中国人、白ロシア人の5族の共生する国にしようとしていた。人種間の壁をなくす理想の国作りに邁進していた。(其の為に影でいろんなこともしていたようだけど、当時の社会は現代とは全然違う社会なので何が良くて何が悪いかは時代で変わるので当時のいろんな人の本を読まないと理解できないんだろうなと感じる。)
ちなみにそもそも 五族共和 とは中華民国北京政府が掲げていたスローガンで漢族・満州族・蒙古族・チベット族・ウイグル族の五族をさしていたのを日本帝国が 五族協和 と共和と協和と漢字を変えて掲げたスローガン。
高麗もモンゴル系なのかな?
日本の言葉はややこしいことがたくさんある。国際連盟と国際連合と最後の一文字が違うと両方とも略した言葉は 国連 だけど組織的には全く違うものになる。
調べているとややこしい言葉にぶつかることが多い。
以前、マルコポーロの「東方見聞録」を読んで、マンチュリンという国が出てきたのは満州(女真族)のことだったのかな。
なぜだか最近のテレビを見ていたら、やたらとモンゴル系の人の顔(女優や俳優やアナウンサーや芸能人)が増えている気する(あとウクライナ系のような白人顔も)何かここ数年前からおかしな方向へと日本が動いているような気がしてならない。


戦時中に日本の皇族が朝鮮皇族に嫁いだ話を読んだ。
台湾や朝鮮統辞時代や満州建国のことも知らなければと思っている。
とにかく明治以前から日本人はけっこうグローバルにあっちこっちの国へと行けていたようだ。なのであっちこっちの国に日本人の子孫は出来ていたようだ。
ハプスブルグ家も日本の皇族の人が入っているらしい。EUを作ったのはドイツ人と日本人のハーフの人だ。調べていると驚く内容を見つけてしまう。
今回は寒かったので、周回して新しくなった和佐又小屋でランチにカレーを食べて帰った。
なかなか小洒落ていて美味しかった。

2/24またまた和佐又に来た。今回は麓の和佐又バス停登山口から登って行った。
和佐又ヒュッテが新しくなったせいか、真新しい階段が備え付けられていた。
薄っすらと雪が積もっているので、チェーンスパイクを付けていく。



岩場に付着している地衣類の黒い子器がやたらと多い。



歩いているとクマ棚を発見した。この界隈ではトレイルカメラでツキノワグマを撮影していたので、見つけられたのはラッキーだ。

鳥のフットプリント。大きさからヤマドリでしょうか?

霧氷が凍って透明になっていてガラス細工みたい、お日様があたってキラキラして綺麗だ。
日当たりの良いところでランチする。


下れそうな尾根を下り周回して帰路につきました。
まだまだ寒い日が続きそうです。

