「大和誕生と水銀」の中に出てくる宇太水分(うだのみくまり)神社から巡るサイクリング【宇陀市・奈良県】4/14
2024年 05月 22日




以前、気になって訪れたことがある上井足にある宇太水分神社が「大和誕生と水銀」に出ていたなと思いもう一度行ってみたくなった。
今回はここを起点にサイクリングすることに。


古代水銀の産地であった宇陀市には水分神社という神社が何社かある。
水分と書いて みくまり と読む。この水分神社や丹生神社は現代では 水の神様 と教えられているが本来は 水 ではなく、水銀の神様だ


この近辺に古事記に出てくる墨坂神社がある。元々、墨坂神社は現在にある場所ではなく鳥見山の下にある 天の森 という地区にあった。(現代は普通の住宅街になっている)
以前、この天の森周辺を散策したことがある。目立たない所に小さい神社や祠が点在している。


古代の中央構造線という地殻の構造体が作り出した辰砂鉱脈があり、水銀が存在していた。
宇陀では当時、ゴールドラッシュではなく、水銀ラッシュだった。水銀鉱山を持ったものは世界の権力さえ手に入れることが出来たんじゃなかろうか。
現代の旅をしながら魔法を使うようなアニメって(ここ数10年前から、こういう似たような内容のアニメが多くなったと思いませんか)、そういう匂わせがあるように思います。
なにせ辰砂は 賢者の石 だからです。


水分(みくまり)とは、鉱物素材を冶金によって金属を産出する工程の名前だそう。
水分(みくまり)といえば水銀生産を指す。
大台ヶ原山の南麓では銅が生産されていた。
私たちは2013年頃に、上北山村山中で明治~昭和初期に採掘されていた手掘りの赤倉銅山を探しまくって訪れたことがある。
水分神の素性は山の神。
(私がいつも山の中をうろついて何かに気が付かせてくれていたのは、この山の神様がいつも導いてくれていたんだと感じます。だから水銀の重要性にも気が付かせてくれたんだと思います。)

日本の古代史を語ったたくさんの本には、水銀とは出ていなくて水銀の古代の呼び名で書かれていたりするので、それが水銀のことだとはわからない本が多いように思う。
この水銀に関わる古代史は「大和誕生と水銀」にかなり詳しく書かれているので読んでみてください。古代の歴史で謎だったことが分かると思います。
因みに北海道にはイトムカ鉱山があり、スペインにはアルマデン鉱山、スロベニヤにもイドリヤ鉱山がありユネスコ世界文化遺産になっている。
大航海時代(世界ではこういうネーミングはないそうです、大航海時代という言葉は日本独自のネーミングらしい、いろいろと調べていると変に意味を持たせる言葉が日本の歴史には多いなと感じる)
さらにコロンブスはマルコポーロの東方見聞録に書かれた黄金の国ジパングを目指してアジア行きを計画したという。コロンブスの出資者はスペイン王室。

スペインは北イタリアで使われ始めたアマルガム法を導入し始めた。
スペイン国王の独占体制を構築し、アルマデンとイドリヤの水銀をメキシコの銀鉱山へと送り込んだ。18世紀にスペイン帝国がハプスブルク朝からブルボン朝にうつると税制改革を行うとともに国王直属の水銀管理委員会を創設し、鉱山管理を強化した。
ここにもハプスブルク家が出てくる。


ハプスブルク家はスイスから出てきた小貴族だったらしい。
日本の皇族とも血縁関係があるのかな?
大体、財閥になる人達は鉱山所有者が多い。寺関係もかな?
ドイツのフッガー家とか。

ここからイエズス会関係の高山右近の銅像がある地区を目指してサイクリング。
途中で綺麗な白い花が目に飛び込んできた。野苺のクサイチゴの花。


この紫色の花はスミレに似ているけど、背が高いなあ。ムラサキハナナという植物。





ずーっと走っていると見えてきた〜。沢城阯 ダリヨ&ジュストの道 看板。
以前、伊那佐山を歩いた時は、その歴史を知らず、この看板を見た時になんだかキリスト教っぽいと思った。


まさか「大和誕生と水銀」の本に出ていたとは。イエズス会ですよ!!イエズス会の人がここ宇陀に来ていたとは・・・。
高山右近は、この地で受洗を受けた。
大名の身分を捨て死ぬまでイエズス会の人であった。そして千利休の七哲の一人。千利休もイエズス会の人かも。堺の豪商だったしね。







当時のイエズス会が持っていた、日本地図が載っている。日本列島の形が変。
この当時は、このあたりまでしか踏破されていなかったのかな?

「カルチェ・ラタン」という小説は、フランスのシテ島の学校でイエズス会の創始者であるロヨラとザビエルが出会う話。
どうもイグナチオ・デ・ロヨラは、テンプル騎士団の人かな?と思う。国内では織田信長はイエズス会と関係ある。
イエズス会とは現代の支配者の代表格かな。いろんな十字(病院系とか、企業もかな)に関係あるし。
国内には、イエズス会が作った学校が存在している。代表的なところは上智大学だ。病院だと日野原重さんがいた聖路加国際病院もかな?聖路加と書いて聖ルカと読む。
上智大学の有名人を見たら、アナウンサーが多いのにびっくりしたことがある。
私が大好きな山田五郎さんも上智大学出身だった。因みに本名は山田五郎じゃない。
山田五郎になったいきさつが、シャーペンなんだよ。面白い。
いろんなことが変だ(医療や化学や歴史)と思って調べ始めたら、ここまでこれた。まだまだわからないことが多すぎるけど。

高山右近の銅像を後にし、走っていると巨大なクマのぬいぐるみが視界に入ってきた。
ここはぬいぐるみと一緒に写真撮影が出来るスポットらしい。
まだ山の中でツキノワグマちゃんに出会えてないのに(トレイルカメラでの動画撮影は何回か成功していますけど)、こんな場所でクマちゃんに出会えるとは。

ちょっと離れたところからヤギの鳴き声が聞こえてきた。


四国八十八か所の石の案内が見えたので、そちらへ寄り道。
坂を登っていかないと行けない。
平井大師山石仏群と書いてある。



自転車を止めて、登っていく。このような石像の祠に四国の八十八ヶ所の寺の名前が書かれていて、88体ある石像を見て回るらしい。時間がないので割愛する。

道路沿いはあまり車が走ってこないので、快適に走行できる。
日差し、キラキラの植林内を走っていく。



開けてきて、集落に入っていくとひときわ目立つ青い建物が見えてきた。
止まってみてみると、昔は郵便局だったようだ。郵便局マークがついていた。
その隣に現代の郵便局があった。


川沿いの道路を走っていくと、墨坂神社が見えてきた。
この神社は古事記に出てくる赤い鉾と黒鉾を収めた神社だ。
今の場所は、移転した所。昔は 天の森 という川向うの地区にあった。
古代の世界やイエズス会やといろんな歴史に出会えたサイクリングでした~。

