奈良県宇陀市をサイクリング~ 大宇陀の松山城跡を登る 【宇陀市・奈良県】6/8
2024年 07月 31日


奈良県宇陀市は古代に赤い鉱物の辰砂(賢者の石)の産出地で潤っていた場所。
でも現代は、そんなことがあったであろう痕跡を探すのはなかなか難しい状況になっている。
地元民でも殆ど知らない歴史なんじゃなかろうか。
山の中での遊びで登山・沢登り・キャニオニング・スノーシュー・カヌー以外でどんな遊びがあるかなと10年くらい前から鉱物探索をはじめて最初は水晶(クリスタル)を見つけ、灰クロム柘榴石(緑色の石)・銅の手掘り鉱山を発見し、黄鉄鉱・辰砂にたどりついた。

辰砂は硫黄と水銀の混合物になる。水銀は蛍光灯や体温計に使われているものくらいの認識しか持ち合わせていなかった。
piccoloさんが古い文献に面白い鉱物が出てたみたいだと言って、辰砂を探しに行くことになった。
辰砂を見つけるのにその古い鉱山跡を山の中で探すのはヤブコギになったので大変なことだった。
毎回、鉱物を探すときに見つからず、やっぱり素人では無理なんだと諦めて帰ろうとした時にだいたい見つかっていた。山の神様が導いてくれたんだと思う。運が良い!!

辰砂を運良く発見し、その後図書館で「水銀と大和誕生」という本に出会って、水銀が凄いということと宇陀市の歴史を知ることになった。
古事記に出てくる場所でもある。

とにかく、今回は車では絶対に通らないところを通って最終的に松山城へたどり着く周回ルートをpiccoloさんが計画して行くことにした。
毎回、山に行くときに見る ”五平餅” の幟があり、五平餅だけで儲けることが出来るんだろうかと思っていた。
たまたま宇陀の色んなところを検索していたら五平餅屋さんのことが載ったブログを見た。
内装がめちゃくちゃ私好みであったので最初に五平餅屋さんを目指して走ることに。

宇田川沿いを走っていると古民家の宿泊看板を発見、どんなところかちょっと寄り道してみる。帰って調べたら、外人さんが経営していて、外国の人がよく泊まるみたいだ。
古くてカッコいい車が錆びていた。一度、古民家に泊まってみたかったので、いつかは利用してみよう。


五平餅屋さんを目指す途中に重要文化財の笹岡住宅近辺を走る。
以前、この近辺で、水銀鉱山だったんだろうな?という穴を見つけたことがある。

細い道を通り抜けていくと畑が広がっている。
ドイツトウヒが生えている。色が銀緑なので目立つ。


小さな集落も点在している。こんな人が少ない集落にも5Gのアンテナが据え付けられているんだ。
5Gは処理速度が4Gとの比較で下りは例えばアプリのダウンロードをする時の通信速度が20倍で上りは写真などをクラウドアップする時の通信速度は100倍になるそうです。
かなり処理速度が早くなる分、今以上にアンテナの数を増やさないといけなくなっている。
5Gのスマートホンは2020年頃から、発売開始された。
諸外国では、この5Gの電磁波が人体に問題があるとして、使用中止の方向へと動いている。
5G以上は、人体に電磁波がロックオンされているような感じになるらしい。
人体に悪影響を及ぼす恐れがある。
日本国内では、そんな報道はされない。いずれ7Gまでいくことを目指しているみたいです。
電気自動車とか諸外国で真冬のリチウムバッテリーの持ちが悪いので問題が起きているが国内では報道されない。便利なことは報道するがマイナス面は報道されない。なんかおかしい。

ノイバラが咲いていて、通り過ぎる時に凄い香っていて、いい香りがする~。



道の峠に差し掛かった時にマタタビの花が咲いているのを発見。自転車を止めて近くで見る。めちゃくちゃ可愛い。



五平餅屋に到着。一見何の変哲もない店構えだが中に入ると内装がめちゃくちゃ自分好み!!。
アンティークな雑貨飾られ、素敵。




外のお庭でも食べることが出来るので赤のれんをくぐって、お庭のテーブルで五平餅を食べた。よくパーキングエリアで売っているが食べたことがなかった。
お味噌が効いていて美味しい。なかなか素敵なものがいっぱい散りばめられているのであっちこっちと見て回る。


民具やちりめんで出来た小物や飾りが色鮮やかで素敵。
五平餅だけでくつろげる贅沢空間だ。雑貨たちを見て、ほっこりしました。


外へ出るとバナナの木がたくさん生えている。
こういう小規模で植えられているバナナの苗は、大東亜戦争時で南洋諸島に行かされていた兵隊さんたちがバナナの苗を持ち帰って植えた話を何処かで見た。無惨にも亡くなっていった同志のことを忘れないように。
このバナナもそうなのかな?山の中を走っているとたまにバナナを植えている家を見ることがある。

大東亜戦争時の兵隊さんたちは食べ物が無くなり、そこらへんの虫や蛭を食べないといけないほど栄養失調になっていた。この時に食べ物は支給されず、現地調達命令が出ていた。
ほとんどの兵隊さんは戦って亡くなるより、栄養失調やなれない生活の為(ジャングル徘徊や野宿で虫に刺されたり、体験したことがない気温が暑かったり、寒かったり)何かよくわからない薬を与えられたりで亡くなる人が多かった。
そんな時に役職の高い人達は現場には行かないのでごちそうを食べることが出来、女遊びもしていたんだろう。それを知ってめちゃくちゃムカつくわ。

現代みたいなアホな世の中になるために無駄死にさせられた人たちを思うと言葉にならない。
その人達にだって、生きる喜びを味わえる時間があったはずなのに戦争という無意味なもので人生を台無しにされ、生きて帰ってきた人たちも身体に障害をおったり、殺したくないのに人を殺してしまった記憶を抱えて生きていくのは地獄より辛いことだっただろう。
一部の武器商人(資本家)の為にいろんな国の人達は人生を滅茶苦茶にされたんだ。そんな歴史を私達は細かく学校で教わっていない。
現代でもあっちこっちの国で戦争は終わることなく続いている。
今、いろんな国で徴兵制度が復活しはじめた。ドイツ軍が日本の自衛隊と訓練を始めるそうです。
すでに国内でも演習が始まっているところが増えている。近々、戦争が始まるのかも。

走っていると太陽光パネルが設置されているところが増えている。
山へ行くときや海に行くときに通る道にあった畑放棄地には通るたびに太陽光パネルが増えている。太陽光パネルの業者同士で取り合いになっているんじゃないかしら。
持ち主は農業をやめて放っている土地を買ってくれる人はいない、でも土地を持っていれば否応なく税金がかかってくるから空いた土地に太陽光パネルを業者に言われるがままに設置してしまうんだろう。
曇ったりで天候不順が続いたり、雑草が生えてきてパネルを遮ったりしたら、電気は作れない。メンテナンス料もかかってくるだろうし、もしもどかしたくても撤去費用もかかる。
良いと思ってやったことが結果的に負債にならないのかな?なんだか心配。



後藤又兵衛ゆかりの湯という温泉施設の椿寿荘があるので、そちらに立ち寄ったら、もう経営はしていなかった。
仕方がないので眼の前にある溜池を一周する。


きれいな濃いピンクの花がたくさん咲いている。
ケマンやエンゴサクに似ているけど葉っぱの形が違うな、何だろう?


コーナーを曲がると、なんと水芭蕉が植えられていた。
4月のサイクリングで訪れた龍王ヶ淵でお花を見ることが出来たけど、今回はこんなに葉っぱが成長するんだということを知った。結構大きい。

お腹も減ってきたので昼食に台湾料理のお店、「宏泰」に入った。
なかなか美味しい。滅多に外食はしないのでたまには良いかな。


いろいろとおかしな世の中になっていることを調べ始めると興味のなかった歴史とかも調べるようになり、日本が日清戦争で勝利し、割譲を受けた台湾を1895年から1945年まで日本人として教育してきたことを知った。
因みに台湾総督府で民政長官をしていた後藤新平が台湾の人たちを上手く手なづけて、台湾経営に乗り出した。当時はアヘン吸引者が多かったので後藤新平はアヘンでボロ儲けし、内地に頼らずとも台湾経営がうまく行っていた。その後は南満州鉄道の初代総裁になった。


現代、日本にある拓殖大学は1900年(明治33年)に台湾協会学校を淵源とする。
台湾協会学校は台湾を開発、経営する若い人材養成のために設立された教育機関で、開学の祖は第二代台湾総督を努めた桂太郎、第三代の学長は後藤新平だった。
杉森久英が書いた「大風呂敷」という後藤新平の小説を読んだ。

一番知りたかった、台湾経営と南満州鉄道総裁時代が割愛されていて、一番知りたい箇所だっただけに残念だった。どんな悪いことをしていたのか知りたかったのに、この「大風呂敷」の小説は読売新聞に載っていたので、そういうところは書けなかったんだろうな。
相馬事件のことが長々と書かれていた。
相馬藩主の相馬誠胤が精神病者として癩狂院(現代で言う精神病院)に入院させられた。
お家騒動的な事件。当時としてはかなりセンセーショナルな事件だった。
この小説家の杉森久英さんが書く歴史の人って、割と重要人物が多いような気がする。本願寺関係の人かな?

因みに奈良県川上村の植林王の土倉庄三郎さんの次男の龍次郎さんは1895年に台湾へ渡り、林業と樟脳で成功し、台北で水力発電の台北電機株式会社を設立。台湾初の電力会社。水力発電の父と言われた。
当時の台湾経営も朝鮮経営も満州国経営も最先端の工業が造られている。
良いこともあったでしょうが、悪い事の研究が多かったんだと思う。
日本は軍事国家まっしぐらだったから。後押しをしていたのがいろんな宗派の宗教家たちっぽい。

終戦まで南洋諸島や東南アジアや台湾や朝鮮の人たちは日本人教育を受けていてので日本人として何十年も生きてきたのに、終戦とともに梯子を外された感じでつらい思いをいっぱいされたのではないでしょうか。
いろんな国の人達が先進国を操る金持ち層の人間に戦争という形で巻き込まれ事故にあったんだと思う。
金持ち層はどちらが勝とうと損のないようにどちらにも投資していたから。
いろんな対立構造を作り出し、殺し合いをしてもらい、けが人が出ると助けに入り、自分たちは損なしで得だけかっさらっていく方法を常に使う。頭良すぎる。
そして、その手の上で踊らされる軍人の人たちって最低だ。

しかし、戦後に各自の国の文化に戻らさせられた人たちは言葉や文字が変わって、覚えていくのに難儀したでしょう。
もしも私達が同じ目にあっていたら、とても苦しいと思う。
同じ地球上の生物で優劣はないのに、白人知識人は常に差別を生み出し憎み合うように仕向ける良くない人たちだ。それに感化された日本人知識人も同列だ。ただ今調べていると、日本がどうも多民族の人たちにどんどん乗っ取られているみたい。モンゴル系・朝鮮系・台湾系・満州系いろんな民族の人達が権力を持っているようだ。東日本を注目しとかないといけないのかな?それとも本願寺系・真言宗系・曹洞宗・創価学会、チベット仏教なにせ多民族の人たち。


宇陀松山城跡地を訪れた。

登っていく道すがら、森野旧薬園の裏の畑を見ることができる。
森野旧薬園は江戸時代中期に造られた日本唯一の私営薬草園。
宇陀松山城は1585年(天正13年)以後に入部した豊臣家配下の大名により改修を受け、
1615年(元和元年)に取り壊された。
織田信長の時代からイエズス会を始めキリスト教者が国内へと入ってきている。
キリスト教といっても、いろんな派閥が有りややこしい。









なかなか広範囲が見渡せる。
森野旧薬園へ、以前見学に行ったことがある。いろんな漢方に使われる植物が植えられている。
漢方もあーだこーだとあるけれど、要は人体の循環が良くなるものを食べていれば病気とは縁遠い体になれる。
しかし現代はスーパー、コンビニ、外食産業等、体の循環を妨げる添加物が満載になっている。
人間の体は、悪いものが痛みとして飽和した細胞が知らせていて、しばらく我慢していたら自ずと自然治癒するようになっている。人間の体は実に上手く出来ている。治ることは奇跡でもなんでもない、あたりまえのことだ。
細胞それぞれの期間がきたら、入れ替わり治癒する。
・胃腸は3~5日間周期。
・肌は約28日間~1年
・筋肉や肝臓は約2ヶ月間周期~1年
・骨の細胞は約3ヶ月周期~1年
・血液 4.5リットル~5リットルの血液が100~120日間で全てが入れ替わる。
正常な細胞の新陳代謝であれば身体は3ヶ月で新しく生まれ替わる。
薬で治ったのではなく、自己治癒で細胞の入れ替わりの期間がきたら自然治癒しているということです。
これらのことを皆が知ると、既得権益の人たちが儲からなくなるので一般的には教えないんだと思います。
原因になる食べ物の食べる頻度を減らすか一日絶食して消化器官の仕事を少しでも減らしていくと自然治癒する。
今、私は朝食を取らず、昼と夕食の一日2食にしている。パスコの食パンが他メーカーよりマシかなとバターを塗って食べていたけど、食パンもいろんな添加物が入っているから朝食を食べないほうが体にいいなとやめた。
昔の人は、一日3食も食べていなくて労働が出来ていたんだから、今私達が教えられている健康的なことは嘘だらけなんだと思う。
全て自然治癒すると書いたけど、ただし例外がある。化学会社が作り出した化学物質を仕事や住んでる環境で日々吸っている人や農薬・除草剤などでの骨の変形はその環境下から、離れない限り治らない。





















