映画「WOOD JOB 神去なあなあ」の舞台になった美杉町をサイクリング 【三重県津市美杉町】8/23
2024年 09月 23日



久々にサイクリングがしたいなとpiccoloさんにお願いし、なんか面白いルートはないか考えてもらった。
piccoloさんが前から行ってみたかった美杉の伊勢奥津駅と君ヶ野ダム周辺をサイクリングすることに決定。
車で御杖道の駅まで行き、車から自転車を下ろしてまずは伊勢奥津駅を目指す。
御杖道の駅には姫石の湯という、とてもいい温泉がある。


ここから自転車で走るのは初めて、いきなり大きなうさぎが目に飛び込んできた。
何だあれは?とpiccoloさんに言うとサイクリングの撮影ポイントなんだそう。なんでうさぎなんだろう?
368号線でめちゃくちゃ急な下り坂が続く。結構怖い。かなり下ってきた感じ。
走っていると目立たないところに駅のホームのようなものが見えた。



piccoloさんが右に曲がっていった先に狭い踏切があり、そこを渡っていく。
抜けたところに駅が見えてきた。
JR名松線は単線なんだ。




昭和4年(1929年)に松阪駅から権現前駅までの約7kmの開業を皮切りに、翌年には権現駅前から井関駅間を延伸、最終的に昭和10年(1935年)に伊勢奥津駅まで総延長43.5kmが開通した。
昭和40年に(1965年)に蒸気機関車からディーゼル機関に移行、昭和62年(1987年)の国鉄分割民営化によりJR東海に移管。


蒸気機関が走っていた頃の鉄製タンクの給水塔が有形登録文化財で、全国で鳥取県の若桜鉄道若桜駅と伊勢奥津駅の2基しか現存していないんだそう。
駅にはお土産屋さんがあり、中に伊勢奥津駅の昔の写真や切符が展示されている。
当時の切符が大きいことに驚いた。

因みに公共鉄道で蒸気機関車を初めて走らせたのはイギリスで1814年、1872年に日本では新橋、横浜間を走ったのが最初で機関車はイギリスから輸入。
最初の電気鉄道は1881年のドイツのベルリン。日本の電車営業開始は1895年。
明治時代にドイツの電気・通信の大手企業のシーメンスに日本人が複数就職している。
創業者のヴェルナ・フォン・シーメンスは、ドイツ電気工学の父と言われる。1879年に電気機関車を実用化、1880年に世界初の電気エレベーターを開発。ジーメンス・ウルト・ハルスケ社が明治に日本で多大なる影響をもたらしたことによって電力事業が発展していった。明治以降の日本の発展の裏に必ずドイツがいる。


また道路へと戻り、線路沿いに走っていく。伊勢奥津駅の次の駅の比津に立ち寄る。
無人駅だ。

駅を出たら、ソーラーパネルが目立っていた。どれだけ畑放棄地にソーラーパネルは埋め尽くしていくんだろう。日本の政府は農家の人が存続できないような法律をどんどん成立させていっている。農家の人達は続ければ続けるほど利益が出るどころか赤字になってしまうようになっている。とにかく国内で米や野菜や果物を生産させないようにし、海外からの輸入を歓迎する方へとどんどんシフトしていっている。
これは有事が起きたり、海外で災害が起きたら輸入できなくなり、国内で食べるものが無くなってしまい飢餓になっていくことになりかねない。
政府は農家の人たちの首を絞めている。一番いいのは、地元で作られた野菜を消費できるように地産地消が一番安心出来、そういう風に変わっていくべきだと思う。

農家の人達は、放棄した畑や田圃をソーラーパネル設置へとシフトしていってる。
メディアの影響で太陽光で電気が作れるから良いんじゃないかと思ってる人は多いと思う。
でもね、これって裏があるんだと思う。ちゃんと調べないととんでもないことになるんだと思う。




次の伊勢八知駅にも立ち寄る。ここも無人駅。駅に入るとのんびりした風景を見られる。
駅舎に手編みの座布団が置いてある。なんてほのぼの。
昔は、こんなのが当たり前にあったなあ。小近所の人の親切で置いている。

走っていると大きな貯木場が見えてきた。それを見て以前から植林のことも知りたいなと思っていて、7年くらい前かな映画「WOOD JOB!神去なあなあ日常」を見た。これは美杉村の植林の仕事の話。原作は三浦しをん、映画の主役は染谷将太。
この貯木場を見て、ここ美杉が「神去なあなあ」の映画の舞台だったことを思い出した。
自転車で走っていて、あの映画の美杉がこんなに近いところにあったんだとなんだか感動した。しばらく止まって、貯木場を眺めた。

昔はいろんなところに木が使われていたんだ。現代は加工がしやすいプラスティック製品に追いやられている。戦争のときには鉄工場やいろんな武器を造るための燃料にもされ日本の山は禿山にもなっていた。林業の人たちが未来への財産になるからとその後一生懸命、植林していったのに、木が使えるまでに成長したときには外国からの輸入材のほうが安いので国内の木は売れなくなってしまった。
この後、4枚目の写真でイタチの遺体が出てきます。閲覧注意です!!

財産どころか山を所有するということで税金がかかり、負債になっている。
所有者は、収入にならない山をただ同然でもいいから手放したい人が多いと思う。
ここにつけ込んでくる悪い人たちはいるんだと思う。
土地を買った人はタダ同然で山を手に入れ、多分もうすぐ日本の木々が見直される時期が来ると思うので ウホウホになるんじゃなかろうか。
とにかく悪い人たちは長期スパンで計画を立てて、自分たちに利益がでるように実行する頭の良い集団だ。
明治以降、こういう人たちが表では凄く良い慈善事業なんかをしている。裏の顔は悪辣ですよ。

どんどん自然との乖離がひどくなっているので、昔は皆が当たり前のように知っていた自然との兼ね合いを知る人は居なくなっていっている。
本当はいろんなことにお金なんかかからなかったんだと思う。
とにかく明治維新や世界の革命は示し合わせたかのように始まっている。
多国籍に繋がっている人たちが起こしたテロなんだと思う。

そうして一般の人たちから自然との共生していた生活を奪っていった。
便利な世の中になっているので、誰もそこに裏があるなんて考えないようにされているんだと思う。
明治から自然をどんどん破壊し尽くしたことで気がついたときには天変地異で偉いことになっていく。
最近、世界のあっちこっちで地震や水害がものすごい数になっている。
メディアでは外国のことはあまり取り上げない。
本当はもう世界は関西万博なんて出来るどころじゃないんだと思う。
走っていると、???川向うにプールが見える。
何ここ?ホテルのようなものに美杉リゾートと見える。いきなり山の風景の中に出てきたから驚いた。


走っているとpiccoloさんが空き地で止まった。何だろう?と見に行くとイタチかな?死んでいる。周りを見ると鳶の羽が落ちていた。イタチの首元を食べた跡があった。

川を渡る線路が出てきて、先程立ち寄った駅でもうすぐ電車が来そうだったので待機して電車の写真を撮ることに。1両編成の可愛らしい電車が来た。


次の駅の伊勢鎌倉駅も無人駅。構内に入ると目の前に田んぼが広がっていた。なんてほのぼの。

道々綺麗なユリが咲いていたので自転車を止めて香りをかぎに行く。
ほのかに上品な香りが漂っている。ユリの花は6枚に見えるが花びらは3枚で残りの3枚は萼になる。
ユリを見て思い出した。だいたいの西洋絵画でマリア様の受胎告知に描かれる処女の証のユリの絵は日本の品種のユリが描かれている。随分前にそれを知って驚いた。

なんで日本のユリなんだろうと。西洋と日本の関わりの歴史を追っていくとわかってきた。
国内では鎖国を強調しているが、本当は外国人とのやり取りはかなり前からある。
とても密接な関わりが多く、明治前後、外国人と結婚していた人が多い。
青木周蔵や新渡戸稲造や鈴木大拙、青山みつ、加藤ユキなど他にもたくさんいる。
国の重鎮たちや宗教家にも外国人と結婚している人が多くて驚いた。そしてめちゃくちゃ長生きしている人も多い。そして日本人は奴隷としてかなり多くの人達が外国に売られていっている。
いろいろと調べるようになるとメディアや学校で教えている歴史は9割型嘘なんだとわかってきた。外国の人も結構長生きの人が多い。日本が世界で寿命が長い方だとかも嘘だと思う。メディアや学校で習うことは鵜呑みにしてはいけない。




走っていると君ヶ野ダムが見えてきた。こんなところにダムがあるんだと驚く。
坂道をへーこらっしょと登っていき、ダムの上から景観を眺める。




広場があったので、そこでランチタイム。広場内をお散歩すると鳥居があった。
なんと「君ケ野丹生水神」と石碑に彫ってある。ここになんと丹生神社があったことに驚く。このダム湖あたりに昔、水銀鉱山もあったんだろうか?
祠にはミヅハノメカムヤシロと書かれている。丹生は水の神様じゃないからね、水銀の神様なんだから。




ダムを後にして、川沿いを走っているとpiccoloさんがまた止まって川を見ている。何だろうと見てみると、なんと川に一匹だけ錦鯉が泳いでいる。
グレー一色の鯉はよく川で見るけど錦鯉が泳いでいるのは初めて見た。しかも他に鯉は泳いでいなくてこのコだけ。凄くきれいな模様だ。なんか見られて運が良い気がする。

走っていると古そうな小屋にキリストの看板を見つけた。
ここのも新しい。というのも奈良県内で行く先々で新しく設置されているキリストの看板を2020年ごろから見るようになった。よく田舎の道路沿いで古くて錆びた看板はよく見ていたけど、2020年のコロナが始まってから、新しいのばかり見るので何事かと思って調べてみた。すると民間団体の宮城県の人たちが沖縄県以外に設置して回っていることがわかった。宮城県からわざわざ全国を回って設置しているのに驚いた。しかもいろんなサイズと文句がある。もっと細かいことを調べた人のブログを発見し、その人は宮城県まで行き、その活動をしている人たちにインタビューしていた。そのブログに看板の作り方まで載っていた。なんかわからんけど怖い気がする。

いろいろと調べていると明治時代前後の北陸・信越・東北に何か悪意のある影がある。
日本の軍国主義もこの辺に関わりがあるのかな?化学の発展に関連した人たちの出身地。
ドイツの化学会社に勤めていた人が多い。なんか多国籍な裏がある。



走っていると道路の標識が666号線になった。666の数字の道路があるんだ。
お寺が出てきた。 天台宗 旭照山 西向院 家紋が三羽の鳥家紋の鳥の顔つきが悪どく見えるのは私だけかな?



この近くに北畠神社があったので、立ち寄った。とてもシンプルな神社。
天狗の面が飾ってある。外国人の顔っぽい。





祠に彫ってあるものには物語があるのかな?多藝神社になっている。
北畠氏は南朝の後醍醐天皇をささえた武将。
私達がよく行く、奈良県川上村の三之公に南朝方が居た時に北畠氏が山を超えて応援に駆けつけたと以前、川上村の森と水の源流館の方に教えてもらった。
ここの神社のところに住まいがあったということはかなり遠くから三之公までかけつけているから凄いな。昔の忠(忠義)って凄いな。



でも北朝と南朝ってどっちが良いか悪いかがいまいちわからない。
ちなみに去年、ゴダイゴのミッキー吉野とタケカワユキヒデが出ていた番組でゴダイゴのバンド名が後醍醐天皇から付けたとミッキー吉野が言っていた。

更に走っていくと旧三木屋跡という看板のところに出た。看板を見て美杉の多気はタゲと読むんだと驚いた。多気郡多気町はタキグンタキチョウでタキと読む。
古くは竹郡でタケノコオリと読んでいたのが多気に変更された。
明治時代に廃藩置県で藩から県になった時に、県の境界も県名も現代の県になるまでに何度も変更されている。(そもそも藩という概念は明治時代以降に作られた)もともと藩じゃなくて国という表記だった。なんで藩という嘘を学校で教えられているんだろうか。

そして地方では各、国になっていたから、日本なんていう認識もなかったし、日本人や日本語というのは明治以降に作られた概念だ。
こういうことは知っている人は知っているみたいだ。
明治時代に日本語を作った、上田萬年の本を読んで私も知った。
現代、公になっている情報は1割の本当と9割方嘘で固められているんだと思う。





