第一次世界大戦時のドイツ人俘虜がいた徳島県坂東に行ってきた 【徳島県】12/1
2024年 12月 28日

いつも遊んでいる山の中に当時、世界一の商社と言われていた鈴木商店が所有するアセトン工場があったことを知り合いの方が調べていて知った。
アセトンは揮発しやすい有機溶媒として使われる有機化合物だ。
消防法により危険物第四類に指定されている。
1889年に発明された無煙火薬が製造されるとコルダイトを製造するための溶媒として大量にアセトンが必要となり、需要が激増した。


危険有害性情報として「引火性が高い液体及び蒸気、目刺激、生殖能又は胎児への悪影響のおそれの疑い、眠気又はめまいのおそれ、呼吸器への刺激のおそれ、長期又は反復暴露による血液の障害のおそれ、飲み込み・気道に侵入すると有害のおそれ」、MSDSに「目の刺激性、中枢神経への影響あり」と表示される。吸引すると頭痛、気管支炎などを引き起こし、大量だと意識を失うこともある。
普段おしゃれのために使っているマニキュア落としの除光液はアセトンだ。
いろんな身近なところにも、アセトンは生活用具や仕事用具として存在している。

どうもアセトンを調べていると爆薬製造以外に死体を浸けておく溶剤でもあったようだ。
大きな世界大戦を前にこのような有機溶剤の発酵の研究がたくさんの研究所でされていた。
1800年代後半から1900年代初頭の先進国は戦争に使用する兵器の開発合戦だった。
要は産業革命で人口急増してしまった世界の人口をいかに効率よく減らすかということに優生思想のとんでもない思想が反乱していた時代の知識人達は躍起になっていたのではないだろうか。


アセトンの危険性は凄いのに、現代でもいろんな工場で普通に有機溶剤として使用されている。こんなとんでも有機溶剤は他にも多種類あるだろう。

当時、世界の商社第一位になった鈴木商店の所有するアセトン工場が遊んでいる山に存在していたことで、今まで戦争のことにまったく興味がなかったのが図書館で戦争についての本を読んだり古本を買ったりするようになった。
有毒ガスを使った第一次世界大戦など、いかにして人体を破壊するかの実験・研究が凄かった日本。当時の有名大学は、そのような研究をするために誕生したのではなかろうか。
とくに台湾を統治してから、そんな研究が横行するようになった。



明治維新とは、当時のとんでもない思想が広がるヨーロッパの思想にどっぷりと浸かった維新を起こした人たちが、その後、先進国の仲間入りを果たすために軍国主義真っしぐらに走っていくことになった革命だ。
軍国主義への教師は、皆ドイツ人を始めとするヨーロッパの人たちだ。
維新後の日本国を作っていく西周(にし あまね、)をはじめ伊藤博文などの政治家はなぜ、プロイセンを選んだのかが知りたくていろいろと調べだした。
戦争特需で儲けた企業が戦後に何で儲けるかと言うと食品関連や製薬に方向転換したのではと思っている。


なので今、調べている加工食品に使われている添加物などを調べるには、この優生思想が広がった1800年代のヨーロッパの歴史から見ていかないといけないのではと思った。
明治以後の農業というのは野菜などを食べるために大農場を作ったのではなく、植物から取れる糖類を発酵研究して兵器に使う物質を生み出すためだったように感じる。
その大量に出てしまう野菜や果物クズを使ったのが加工食品のはじまりではないだろうか。それと肥料会社だ。
クズまでも資本に変えていく錬金術。



1700年代に長崎の出島にやってきたシーボルト(オランダ人ではなくドイツ人だった)
シーボルト事件の本をたまたま古本屋で100円で買った。
このあたりから、プロイセンと維新というテロを起こした当時の長州と薩摩と佐賀と土佐の人たちが繋がっていたのではないだろうかと感じた。
緒方洪庵(緒方洪庵の本名は佐伯だから空海と同じソクド人の血が入っているのかな)の適塾にいた人たちが維新や維新直後に大活躍しているのにもなにかシーボルトと関連がありそう。
緒方洪庵が1858年にコレラ流行時に種痘を広めた。このあたりから医療の嘘が始まったと思っている。
医療の歴史から調べているとこの時代の西洋医療がとんでもない治療ばかりしている。変な調合の効かない薬とか。
そんなことをされて余計に体調がおかしくなる人が多かった。



福澤諭吉・橋本左内・大村益次郎・佐野常民・大鳥圭介・高松凌雲・花房義質・長与専斎・池田謙斎・箕作秋坪など。
福澤諭吉は日本の思想に、佐野常民は日本赤十字を作った、長与専斎は日本の医療の衛生という言葉を訳語し、後藤新平を衛生局に採用した人間だ。
こいつらが日本の闇を作った輩なんだと思う。



この人たちは、どこぞの寺の回し者なんじゃなかろうかと最近、いろいろと調べていて感じるようになった。まだ半信半疑だけど。浄土真宗?臨済宗?日蓮宗?なにせ当時の仏教などの宗教が戦争への資金(ヨーロッパやアメリカの資本家も)を出していて戦争に行くように信者を教育していた。(仏教って、人を殺してはいけないという教えではなかったのだろうか?キリスト教も)
何故そう思ったかと言うと西本願寺の22代目法主の大谷光瑞の話を読んり、臨済宗の釈宗演の存在を知ったからだ。
そして釈宗演の弟子の鈴木大拙の嫁が神智学協会のベアトリス・レインで鈴木も神智学徒になっている。
この時代のいろんな宗教の動きが変なんだ。大谷光瑞は宗教以外のことに手を出しすぎているのにも違和感を感じる。(農業や化学)



明治維新後の戦争・日清戦争・日露戦争・世界大戦(大東亜戦争に興味はあるが、太平洋戦争には興味がない)など、騎馬戦ではない兵器や毒ガス・生物兵器などを使った一気に人口を減らしたり、身体障害を負わせる戦争へと変わっていった。
たくさんの孤児も生み出された。(調べるまでは孤児院が人身売買しているところだと知らなかった。医療の闇が広がった孤児を使った臓器売買が現代もあるらしい。)
台湾・朝鮮・満州領有時代(インドネシアとか東南アジアやミクロネシアとかも)や戦後の連合国統治時代の日本を知らなければと現代が紐解けないんじゃないかと感じている。日本を始め多国籍で繋がっている組織があるようだ。



現代の政治家の人たちや芸能人はこの時代に領有していた国の子孫にあたる人が多いように感じる。
世界のあっちこっちにいた日本人の落とし子は世界にはたくさん存在していた。
これらのことを調べるまで全然知らなかった。(明治時代、移民として色んな国に分散して住んでいる日本人も多い。)
そして日本に来日していた、お雇い外国人や俘虜(捕虜)で来てた外国人との間にも落とし子がたくさんいた。さらに連合国統治時代にも。



たまたま古本屋で日露戦争時の日本にやってきていた俘虜(捕虜)の本を100円で買え、1905年に全国に日露戦争に参戦していた外国人たちが物凄い人数いた事を知った。
大陸からの、その人達の運搬費用とかどうなっているんだろうか?わざわざ内地に送り込む何かがあったんだろうか?建築?鉄道線路の敷設とか?


次に第一次世界対戦時のドイツ人俘虜(捕虜)のことを図書館の絵本で知った。
西日本には俘虜施設が多かった。1917年から1920年の3年間、皆、強制労働もなくクラブ活動をしたり、俘虜生活を満喫していたようだ。
今回の旅行は自分たちの結婚記念日を兼ねて四国へ行く事になっていて、ぜひとも徳島県鳴門市坂東にあったドイツ人俘虜収容所跡も見たいとpiccoloにリクエストした。
一日目はpiccoloさんのお友達が徳島県に住んでるので会いにき、二日目に坂東に行き、ドイツ人俘虜がいた場所がどんなところかを見に行った。
鳴門市ドイツ館にも行ってきた。
4年前に知り合いが貸してくれた少女漫画でドイツ俘虜との間に生まれた女の子の話を読んでいた。
その時はドイツ人俘虜のことは知らなかった。そんなことがあったんだと知ったのはその時だった。



俘虜の人たちがいた時代の建物はなく、なぜかパン工場跡だけ残っていた。
うん???あれ???
20代の時によく三宮に遊びに行っていて、そのときに焼き立てパンの店ケルンのドイツパンが大好きだった。(御影にある店が本店)
そしてあの有名な焼き立てパンのカフェのフロインドリーブ。あれこの名前はドイツ語だよね。
うん??バームクーヘンのユーハイム。
あれ、私、昔からドイツゆかりのものを食べていたんだ。
カール・ユーハイムは当時のドイツ人俘虜の中にいた人で、故郷に帰らず日本に残ってバームクーヘンの店を開いた。



日本にいたロシア人俘虜(ロシア人といっても、東ヨーロッパや北欧の人たちも入ると思う、あとシベリア人やモンゴル系)やドイツ人俘虜(ドイツ人といってもポーランド人やウクライナ人やイタリア人やトルコ人とか色んな国の人)当時の兵士は多国籍なんだと思われます。自国の国民を傭兵として派遣して儲けていた国もあったから。中立国と言われているスイスなんか傭兵業で儲けているね。

日本人は当時、この人たちから多大な影響を受けていたんでしょうね。
だから当時の国内には西洋的な建物が多かった。いろんな技術を学べたんですね。文学も。
1904年から1920年までにいろんなことを学べて、その集大成が第二次世界大戦なんじゃなかろうか。



この鳴門市ドイツ館のパンフレットにベートーベンの第九が初めて演奏された地の坂東を第九の故郷と書いてある。
なんで?なんで演奏したからと言って、故郷になるんだろうか?意味不明だ。
しかもクラブ活動の一環として小規模なオーケストラで、日本人は誰一人も見に来ていない。
日本の年末に第九演奏をするいろんなオーケストラが全国にあるけどこの辺と関わり合いがあるのかな?

私は昔フロイデ合唱団に入っていた。1年くらいだけど。
フロイデ(FREUDE)ってドイツ語だよね。気が付かなかった。確か「歓喜」という意味だったかな。当時の年末にシンフォニーホールで第九歌ったわ。
そしてベートーベンが気になり始めた。なんとベートーベンはフリーメーソンだった。
あれ??音楽室に飾られていたクラシックの絵の人たちも、おおかたフリーメーソンだったことを知った。クラシック音楽をやっている人のブログに書いていたから間違いない。
いろいろ調べていると色んな有名人がフリーメーソンなんだよ~~~西周とか。
フリーメイソンって 自由瞑想なんじゃないかと最近思うようになった。禅の世界だね。
やたら有名外国人(文化人や王族)がテレビに映る時に仏像が置かれている映像が多いんだよ。
日本のフリーメイソンロッジって東京タワーと徳川の菩提寺の増上寺の近所だわ。
増上寺は浄土宗。

寺って科学系のことを学んでいたんじゃないかと思う。あの寺の建物の配置は電気回路なんだろうと思うがどうだろう?
ドイツ人を始め、諸外国の人たちが捕虜として日本に来ていたのは、啓蒙思想でキリスト教からの開放のために禅を習いに来ていたのかなと感じる。当時欧米では仏教ブームがきていたから。キリスト教は個人の幸せよりも集団生活を重んじるが、禅の教えが個人の幸せという教えだったから。
来世より現世の幸せ。そういう夢を見に日本に来ていたのではないだろうか。
なので俘虜たちは強制労働がなく、自由闊達に日本での時間を満喫できたのでは。


しかし、当時はいろんな馬鹿げた研究もしていたので、良い関係だったのか悪い関係だったのか判断が難しい。
仏教(禅も)指導者が良い時代に変わるための戦争だと教えれば皆、賛同しただろう。
今やっていることは正義のためだと嘘を教えられて、悪いことへの加担だったとあとで知ることになるんだろうな。
そして1945年に目に見える戦争は終わり、新たな食や医療などの身体に仕掛けられた目に見えない戦争が始まったのかな。何故なら戦争の形態は時代に寄って変わるからです。
今、NHKで「坂の上の雲」という日露戦争へと入っていく時代のドラマが再放送されている。
NHKが司馬遼太郎にドラマ化をお願いしたが了承を得られず亡くなってしまい、その後著作権を得た奥さんから了承を得てドラマ化された。
NHKは「坂の上の雲」を大型プロジェクトとして力を入れていた。何か臭うな。
ドラマ上で広瀬武夫が恋仲になったロシア人女性のアリアズナ役の女優を見た時に何処かで見たわと思って調べたら、有料チャンネルのロシアドラマの2014年から放送されたロシア女帝エカテリーナ2世の主役の女優さんだったことがわかった。
このエカテリーナ2世がロシアを大国にした人でドラマは凄い見ごたえがあった。
どうも司馬遼太郎もなんだか胡散臭い。ただの小説(フィクション)なのにこの人が書いた作品の人物をそのまま信じる人が多いのがどうなんだろうと感じる。
フジサンケイグループの内情の本を読んで、司馬遼太郎にも何か裏があるなと感じてしまった。




