三峰山はスノーシュハイク出来ず(;_;) なので月出の中央構造線を見に行ってきた【高見山地・三重県】2/1
2025年 02月 25日



一昨年は駐車場でタイヤが埋まるほどの積雪があった。
でも去年は、まったくなかった。今年も雪はまったくない。
ゆりわれ登山口へと林道を歩いていく。

松の生え方が孔雀ぽい。



今年もミツマタがたくさんの蕾を付けている。よーく見ると産毛が生えている。暖かそうだ。
雪はまだまばらだけど、標高が上がってくれば雪道になってくるかな?



植林終点から雑木林になると一気に視界がひらけ明るい〜。
あれ???いつもならこのあたりから積雪があるんだけどな。


岩に張り付いている地衣類が緑系ではなく灰色だ。なんだか地図の境界線みたいな棲み分け方をしている。

モコモコっとしている地衣類。

灰色の地衣類に混ざって橙色の地衣類もいる。

糸昆布とわかめみたいな地衣類。

黄色みが強い地衣類。

コイルみたいに葉がくるくるしている苔。

この岩についている地衣類は赤色だ。

岩にはいろんな種類の地衣類が付いている。岩の石灰成分を好んでいるんだろうか?

シダが枯れて黄色い。葉脈が細く赤い色が模様みたいでとても綺麗だ。
いつもは深い雪に覆われているのでこの時期の地衣類を意識したことがなかった。
雪がなくても地衣類が楽しませてくれる。

日陰のところに来ても積雪がない。



やっと稜線近くまで着いて、積雪になっているけど腐れ雪だ。


いつもは雪に埋もれているはずのヤマハハコの花が枯れ落ちてない。




野ウサギの足跡かな?いろんな動物の足跡。


稜線に出てもスノーシューを装着するほどの積雪にはなっていなかった。
木々にも雪が乗っかっていない。毎年このあたりは木々が雪に覆われてメルヘンな景観なんだけどな。

雪の風紋。



良い天気でいいんだけど八丁平は更に雪がない。



背中のスノーシューが重そうだ。
何処まで歩いてもスノーシューを装着するほどの雪がない。


切られたばかりの丸太の年輪が綺麗だわ。寒くて縮んで樹皮との間に空間ができていた。
バームクーヘンだ〜。
下の写真の年輪は途中で枝が生えたのかその部分が持ち手で芭蕉扇ぽい。

ヒメシャラの一番外側の樹皮が鮮明な赤色になっていてグラデーションが綺麗。

地衣類が緑系と橙系の二色になっている。


日当たりの良い所で倒木に座ってランチをする。
お日様が燦々と照ってくれているおかげで、めちゃくちゃ暑い。この時期に座っているだけで暑いと感じるなんて・・・。
気温は、なんと22°!! 2月なのに暑いくらいのぽかぽか陽気。
まったりと空を眺めてゆっくりする。
そろそろ下山しようかと、撤収。
結局、スノーシューの出番はなかった。




下山の登山道で何やら動物の足跡がずーっと登山道を歩いている。
大きさ形からして、貂かイタチとかかな?
姿を見ることはなかった。
下山に入って、先程までのぽかぽか陽気はなくなり、一気に曇りだした。
寒い~~~。



最後の小滝で氷筍を見て楽しむ。
いつもは全体的にクリアなのに今日の氷筍は小さな粒の集合体になっていて光の反射が綺麗だ~。

怪我なく無事に駐車場に戻ってこれた。
帰りに、久々に中央構造線を見に行く。三重県側の三峰山は中央構造線が見られることで有名だ。
駐車場から車で下って5分程度のところにある。
車を駐車して中央構造線までは急斜面の舗装道を降りていく。歩いて10分もかからないくらいだ。

17年くらい前にpiccoloさんに中央構造線のところに連れて来てもらった時は、地形や地質にまったく興味がなかったので、見ても何が凄いのかわかっていなかった。
12年前に三峰山にあるワサビ谷で沢登りをした時に、岩が墓石(御影石=花崗岩)と同じ石だと思った。
墓石はこんな岩を使っているんだなあと当時はそんな風に考えただけだったが、そのあたりから地質や地形的なものを意識するようになり、NHKのブラタモリやグレートネイチャーも見るようになった。
図書館で地質・鉱物とかの本も借りるようになった。


年末に行った、泰運寺で偶然に中央構造線の原石を見たので、久々に月出の中央構造線を見に行きたくなった。
というわけで以前に行ったときには気がついてなかったことに今回は何か発見できるんじゃないかと中央構造線に寄りたいとpiccoloさんにリクエストしていた。
以前、徳島県でも中央構造線が見られるところがあり、そこも見に行った。
が、あまりに規模が小さすぎて、これがそうなんですか???っていうくらいわかりにくかった。
月出にあるのは、かなり規模が大きい。



こういう地形的なことは1885年(明治18年)の明治時代にお雇い外国人のドイツの地質学者のハインリッヒ・エドムント・ナウマン(東京帝国大学の地質学教授)が日本の本格的な地質図を作成した。
日本の地質学の基礎を築いた人。フォッサマグナを発見し、化石のナウマンゾウで有名。
ナウマンの概念が提唱され、1917年(大正6年)に矢部長克によって、構造線の概念が規定された。



この三重県松阪市飯高町月出の中央構造線は1959年の伊勢湾台風で斜面の一部が崩落し露頭の一部が確認されたのが最初だそうです。
領家変成帯(西南日本内帯 マイロナイト)はマグマの上昇に伴い発生した高温低圧の条件で変性を受けた対の変成帯で、三波川変成帯(西南日本外帯 黒色片岩の破砕岩)は海洋プレートの沈み込む低温高圧の条件で変性を受けた。

久々に見に来たら、あれ???線がはっきりしていたように思うがなんか以前見たときと違う気がする。
そういえば数年前に沢登りに来た時に林道が崩れ補修工事をしていた。
どうもその時に崩れた瓦礫で埋まっているんじゃないか。
帰ってから、ネットで調べたら、だいぶ瓦礫で埋まっていることがわかった。
領家変成帯と三波川変成帯の境界線は見えていた。
しかし近づいて見ることが出来ないのが難だった。



なので帰り道途中に泰運寺があるのでもう一回行くことにした。
年末は普段着で行き、川へと降りることは出来ず遠目でしか見れなかった。
今日は、山の恰好なので川に降りることが出来る。


泰運寺近くにある中央構造線原石を間近で見た。
確かに黒色片岩の破砕岩になっている。岩がうねっていて凄く脆い。
月出では近くに行けないのでどんな状態かわからなかったけど、ここではこんな風になっているんだと間近で見られたので良かった。
中生代ジュラ紀に大陸縁の海溝で付加された付加体が間近で見られ、古代と接触できたのが嬉しいかった。


その後、泰運寺の八角大釣り鐘のあの澄んだ響きがまた聞きたくて行って鳴らしてみたら、年末に聴いた美しい音色ではなかった。4回突いてみたけど、音が濁っているような感じに聞こえた。
前に聞いたのは年末で二ヶ月しか経っていないんだけど、周りの空気感(気温)とかが違うんだろうか?
前回は10時過ぎ(午前中)に行き、今回は14時すぎ(午後)行ったから、時間の関係もあるのかな?

まったく音が違う。年末に聴いた時のあの感動は何処へ・・・。
あの時はふくよかな美しい音色でその後の唸りの余韻までもが素晴らしかった。
崇高な音とはこういうもんだろうな思うくらい美しい響きがあった。
気温によって、釣り鐘の銅の硬さが違うのかな?それとも鐘をつく木の方にも何かあるのかな?
とにかく今回の音色は、全然良くなかった。


それで梵鐘について調べてみたら、そもそもは中国や朝鮮半島を経て日本にもたらされたもの。
中国は「バーン」というドラのような音で余韻はないそうです。「バーン」と広がるように鳴ればいい。
日本の最初の音は「ゴーン」ではなく「ガーン」だったそう。
江戸時代になり、「ゴーン」という音が定着したんだそうな。
梵鐘を鳴らす撞座(鐘を鳴らす木のこと)が高い位置にあったら、高い音の「ガーン」になり低い位置になったら「ゴーン」という低音になるそうだ。大まかに言うと叩く位置によって音が変わる。


それとやはり気温や湿度も音の響き方がかわるようだ。
気温が高いと空気中で音が早く伝わり、気温が低いと遅く伝わる。
気温が高く空気中の温度が高いほうが空気分子が激しく動き回るので、隣の分子に波を伝達するのが速くなる。
逆に気温が低く、空気中の温度が低ければ、隣の分子への伝達は遅くなる。
昼と夜でも音が違ってくる。
昼間は太陽光によって地表が暖められ、上空に行くほど温度が低くなる。逆に夜は放射冷却などで地表が冷やされ、上空が暖かくなる。
空気の層の高さに寄って屈折の角度が変わり昼と夜では響き感が違ってくるそうです。
風や空気による音の吸収など様々な要因が関係している。
梵鐘の音で素晴らしい気付きになりました。

