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奈良県内で軽登山・カヌー等アウトドア楽しんでます。


by ケルト

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12月にスノーシューハイクに行ったが、強風と雨であえなく断念。

今回は積雪もあり、お天気も大丈夫そうなのでリベンジに行ってきた。

駐車場からアイゼンを装着、初っ端から素敵な雪景色を見ながら、登っていく。

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ハリハリ霧氷。霧氷の張りつき方が不思議〜。

霧氷や樹氷は過冷却にある霧粒子や雲粒子があるとき、その粒子が物体面に付着し速やかに凍って、また空気中の水蒸気が物体表面に昇華して形成される。粒子径の小ささ、付着速度の遅さ、および過冷却度の高さ(気温、風速、湿度の複合)も因子となる。

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登山道は雪深くなっていた。

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霧氷から樹氷に変わる。吹きさらしでは樹氷が成長中。

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明神平へ到着すると、かなり寒い〜。

小屋裏へ向かい、アイゼンを外し、スノーシューを装着。

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新雪ノートレースの森の斜面を登って行く。

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新雪はフカフカで歩きやすい。

でも急斜面の登りは結構きついので休みながら登っていく。

木々にも雪がつき幻想的な世界が広がり美しい。

森歩きが楽しい。

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雪の重みで枝が垂れ下がり、カーテン状になっている。

ここらへんの景色が素敵なのでアウターテントを張る。

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誰もいないので静かだ〜。

幻想的な景色を眺めながら、ランチをする。

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真っ白だった世界に少しの瞬間、青空が現れた。

森歩きを堪能して下山に入る。

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お日様が幻想的な姿を現した。
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木の樹皮についている樹氷の形が1本1本独立して成長している。
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風の吹く向きによって、いろんな樹氷の形があって面白い。自然が作り出す芸術だ。

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下山は前山から雪深い北尾根をスノーシュー装着したまま降りていく。

吹き溜まった雪深い新雪も歩けて楽しかった~♪リベンジが出来ました~

今年初めての山歩きも、最高に素敵な幕開けとなりました!!  




ブログテーマ:冬の風景
# by ceruto | 2025-02-11 12:43 | 台高 軽登山 | Comments(0)

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明神平は新雪が積もっているからスノーシューが出来そうだということで行ってきた。

晴れ間は望めそうにないけどそう悪くなることはないだろうと出発。

スノーシューを背負っているので荷物が重い。12月に入ってからそんなに山に入ってなかったのと久々の歩きでかなりの亀足になった。

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出発時は寒いので着込んでいるが、途中で体温も上がってきて汗ばんでくるのでダウンをぬぎ、帽子も取って登っていくが休憩するたびに冷えてきてダウンを羽織る。

で、登っていくとまた暑くなり脱いで休憩したら寒くなり着るを繰り返す。

冬の登山は、この脱ぎ着が面倒だ。

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小雨が降ってきた。なんで???なんで雪じゃなくて小雨が降ってくるんだ。

断念して帰るかpiccoloさんに聞くと、上まで登るという。

レインウェアーを着て、ザックカバーをかける。

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明神平に到着すると一面真っ白。風がめちゃくちゃきつい。

風を凌ぐのに小屋裏へと移動。アイゼン外してスノーシューをザックから外す。

寒いのでホットコーヒーを飲む。

風がきついのでスノーシューどころではない。

とりあえずテントのアウターを張り、急場をしのぐことに。

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すると本格的に雨が降り出してきた。テントを張って正解だ。

とりあえず様子見とお腹も減ってきたので昼食にする。

いつも購入していた鍋焼きうどんの消費期限がめちゃくちゃ長くなっていたので、値段が高めの鍋焼きうどんを今回から購入した。

スーパーやコンビニに置いてある加工食品には100%添加物が使われている。

安いものほど美味しいけどそれは添加物を使っている種類が多く、味のごまかしが凄いということ。

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加工食品をまったく食べないわけではないので、原材料がマシなものを選ぶようにはしている。

子供の時からこういう食品類を日本人は食べ続けていることになるんだけど、30代くらいまではどんなものを食べても体調不良は起こらなかった。

40代に入って、何かと不調が起こるのは年齢のせいだと思っていた。

そうではない!!年齢のせいではないんだ。食べているもので身体は作られるので、何を食べてきたかが蓄積してきたものが身体の不調として出てくるんだ。そんなに悪いものは食べてきてはいないはずだで自分でも気をつけている方だと思ってきた。

ただスーパーでの食料購入時に、原材料までは見ていなかった。大手メーカーのものだからだ。

製造過程で変なことはされていないだろうと信用して購入するからだ。

1950年代のスーパーの誕生とともに加工食品や農薬まみれの野菜や果物類が当たり前の現代人の食料になっている。

身体は食べているもので作られてるということに気がついている人はどれくらいいるんだろう?。

年々、添加物の研究(戦前から始まっていた)で種類が増していってる日本。添加物大国なんだ。

大手メーカーは、まともな食料を作らず、添加物でカサ増しにして味や香り食感を作り上げるという仕組みを編み出した。

その方がコストがかからなず、人の健康より収益のほうが大切だから。

多くの食品メーカーは製薬造りにも手を出しているところが多い。

サントリー・麒麟・meiji、森永etc。グループ企業には必ず製薬部門的な子会社がある。

食品で補えないものは製薬やサプリメントを飲めば良いみたいな流れになっている。それでメーカーは更に儲かる。加工食品で儲け、製薬でも儲ける。

なので長く食べたり、飲んでいる人ほど、年を取ってきた40代以降にいろんな症状として現れてくる。そして製薬に頼り出し、病院へ行くことになる。愚民化計画の成功ですよ!!

製薬とは、昔で言う 薬 とは違うことに気がついて。製薬にも添加物が多く使われている。)

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天候回復は望めそうにない!スノーシューハイクは断念。

まあ、雪見はできたので下山することに。

久々の山歩きができたから良かった。


先日、サイクリングをしているときに山の中の村で無人の野菜が売られている棚があり、野菜を購入。アップルパイを作る時に良いと思い、レモンがあったので2個購入した。

スーパーで売られているレモンは外国産で防カビ剤が使われている。

必ずレモンを置いてある棚に防カビ剤の名前が貼られている。

防カビ剤の表示は、購入した人に防カビ剤で体に異変が起きても、スーパーやメーカーのせいにはならないようになっている。

なぜなら購入者にわかるように表示がされているからだ。

なにか異変が起こっても表示してあるのに購入した人が悪いということになる。

なのでスーパーに売っているレモンは絶対に買わない。

ましてやレモンの皮を使って、砂糖漬けなんて絶対に作らない。

輸入している果物には輸送途中で腐ってはいけないのでほぼ100%防カビ剤が振られている。

知り合いから、高級な果物をよく頂くがどれだけ日持ちするのか、いただくたびに常温で置いておくが1ヶ月位は腐らず少ししなびてくるぐらいだ。

自然の熟した果物ではありえない現象だ。

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アップルの創始者のスティーブ・ジョブズは果物しか食べていなかった。

いろんなことを考えると果物は調理せず、熟した時点で食べられる万能な食物だと思ってしまう。

私もそう思っていた。果物こそが一番自然体で食べられる食料だと。

でも現代は、果物こそが一番、たちの悪い食料に成り下がっているんだ。

果物の作り方は、化学肥料で太らされ大きくなり、農薬がかかりまくり、最後の仕上げで防カビ剤が振られている。最悪な食物になっている。

おそらく、スティーブ・ジョブズはそんなことになっているとは気が付かずに果物を良い食物だと思い食べ続けていたからではないか?

56歳という若さで亡くなったのは、それにも原因があったんじゃないかな?

昔から農薬無しで育ってきた果物は大丈夫です。

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今回、山の村でレモンが買えて良かったなあと思っていた。

しかしレモンの大きさが大きいのが気になった。

1個を紅茶(自分で茶葉を摘んで作った)に入れて飲もうと思い、切ると種がない!?

どこをコジコジしても種が1個も入っていない。

もう1個切ってみたけど種がない。

山の村で栽培されているものが種無しになっていることに、めちゃくちゃ驚いた。

こんなところにまで良くない農業支配がやってきているんだと・・・。

果物は植物の種になるものなんです。それに種が入っていないとは不自然極まりない。

種無しのぶどう・種無しの柿など食べる時に種がなくて食べやすい、これは技術の向上だと思っている人が多いのではないだろうか。

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店頭に並んでいる商品がどのようにして作られているかなんて誰も考えずに購入するのは当たり前のことだ。

なぜなら、店頭に並んだ時点で安心安全は保証されていると誰もが思っていると感じる。

なので店頭に並んでいる商品をなんの疑いもなく購入する。

しかし、加工食品とかの原材料を見ると添加物だらけのごまかし食品がどうどうと店頭に並べてあるということは、果物や野菜も疑わしくなってくる。

病気というものは直接、口に入ってくるもので起こる現象だ。

あとは注射で皮下組織に注入されたり、洗剤や石鹸、歯磨き粉などに入っている界面活性剤の経皮吸収(皮膚からも吸収します)。

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種無しがどうやって作られているのか調べてみた。

ブドウはジベレリン処理をされていて、実の付き始めのころに液体の薬品に浸けていくと種無しになり、もうしばらくしてからもう一度薬液に付けると実が大きくなるという仕組みになっている。

いろんな野菜や果物の栽培に使われている。ここ数年、野菜や果物が昔に比べて巨大化していませんか?

スイカはコルヒチンという薬品だ。

染色体が4倍体の雌花を作り、そこに普通の雄花の花粉を受粉、普通のスイカの染色体は2倍体(4+2)÷2=3倍体

3倍体のスイカに2倍体のスイカをかけ合わせると(3 + 2)÷2=2.5という小数点以下の染色体になってしまい、種などが形成されずに種無しになる。

バイオテクノロジーとはこのように不自然な形で生物を生み出す学問だ。

住友化学や日産化学などがこのような薬品を作り出している。

企業は自然にないいろんなものを産み出している。

よく植物研究家や生物研究家が在来種が外来種に駆水されていることを問題視しているが企業が産み出している自然にはない物質については異議申し建てしないのはおかしくないのかな?と疑問を感じる。

こっちの方が大問題ではないのかな?

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この本に書かれているように香害で体調不良になっている人が増えている。
私は今のところなんともないけど、こういうことで苦しんでいる人たちがいることを知ると生き地獄になっていて可愛そうだ。
P&G・花王・ライオンetcなどのメーカーはこういう人たちの声を聞いてあげるべきだと思う。

私達の口に入る食べ物がどのような経緯で作られているか知ることが大事だ。

何かしら体調がおかしいと感じたら、食べ物や飲み物や衛生商品を疑った方がよいと感じる。

薬に頼らず絶食するということが体には良いです。しばらく衛生商品を使わない。何が原因か見定める。

衛生商品だけでなく、界面活性剤は食品では乳化剤という名前になる。農薬の殺虫剤としても使われている。

界面活性剤がダイレクトに姿を変えていろんなところに使われている。これを吸収し続けると身体に異変が起こってくる。

しばらく食べないことで消化器官の運動を少し休めるようにしてあげると3日間くらいで治ります。

昔は3日寝てりゃあ治ると言われていました。

細胞にはそれぞれの部位で入れ替わる期間があります。


胃腸 3~5日間  肌 約28日間~1年   筋肉や肝臓 約2ヶ月間周期~1年

骨の細胞 約3ヶ月間周期~1年   血液 4.5㍑~5㍑の血液が100~120日間ですべて入れ替わる。

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正常な細胞の新陳代謝であれば身体は3ヶ月で新しく入れ替わる。

人間の体は切ったり、抜いたりしてしまったら、元には戻りません。

細胞の入れ替わり期間が来たら、いろんな症状は治まります。

私も数年前に両手のしびれから始まり、両手指の関節痛、薬指のばね指、手首にできた8mm大の軟骨みたいなしこり、太ももに出来たしこり、沢登で滑落して出来た足の怪我これら全て、病院に行かず、製薬を飲まず、消毒もしないで放っておいたら、全て綺麗に治りました。身体に起こったことは食べ物から派生したと感じ、添加物と衛生商品と農薬類を調べ始めました。

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怪我については、消毒しなくても治ると感じ、実践してみました。何故なら身体の体液が傷を覆っで自然治癒するからです。消毒はその自然治癒を邪魔します。

先日もいただいたみかんを食べたら、腹痛と吐き気と片頭痛が起こった。これは散布された残留農薬のせいではないかと調べてみたら、農薬でも果皮でとどまるものと中まで浸透するものがあるのを知った。実がなるまでも何回か種類をわけて農薬は散布されている。そういう指導をされているからだ。

明治が始まるまでは病院も製薬も農薬(化学肥料)もなかったんです。

現代の常識的な思想は明治時代に企業(宗教かも)の都合のいいように学校などで教えられているんです。(明治時代が学校制度の始まりです)

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新千円札の顔になった北里柴三郎と森鴎外のことが書かれた明治時代の話
馬鹿げたドイツ先端医療を学びにいったことも書かれている。(現代医療につながる対処療法)
コイツラのせいで何万人死んでるんだよ~知ったらめちゃくちゃ、その理不尽さが腹立つわ。
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この話を読んで胡散臭さが漂っている

ドイツ人を始めヨーロッパからの思想を如何に明治の知識人と言われる人たちが化学(医療)という悪い知識を良いこととして洗脳されたかということです。

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人間の体は良くないものをはねのける耐性がありますが、毎日良くないものを取り続けていると細胞の入れ替わり期間がきても代謝が間に合わず不調は治らないおそれがあります。

体は食べているもので作られているからです。

なので体調が思わしくない時は絶食して、消化器系の臓器の働きを休めさせる。栄養学は嘘の塊です。

食べ物に気をつけていても、住んでいる環境や仕事場の環境も化学物質が蔓延しているとよくならないです。

住んでいる環境や仕事を変えると治るということがよくある。

現代人は、いかにメーカーが作り出した人工化学物質にさらされ続けているかということを意識しないといけないと思います。

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決して菌のせいではない。

菌のせいにするのはメーカー的に都合がいいからです。

そのおかげで更に新商品を生み出すことが出来るから、全てはマッチポンプなのです。

いろんな研究所があるのに環境は良くならず、病気の種類は増えている現状、ということは常に儲ける過程のことしか考えていないのでしょう。

皆が健康であれば製薬も病院も宗教もいらないからです。

昔は病気の人は寺や修道院の人たちが無料で手当をしていたのに、明治時代以降、病院制度ではお金を取るようになりました。なんかヘンですよね。

いろんな職種や大学が、大手企業の協力体制になっています。だからグループ企業という風になっていくのでしょう。

テレビや新聞、雑誌等は、このような化学メーカーの出資で成り立っているのでスポンサーの不利益になるようなことを出せば、たちまち経営が成り立たなくなるので出しません。

メーカーを訴えるような添加物が体に悪いとか、そのような記事は出てこない。(多少は流しますけど、大々的には取り上げない)

メーカーは財団という形で病院・大学・民間施設・研究室・スポーツ団体・芸術団体などありとあらゆるところにも寄付金出しているのでなくなると困る団体は多い。とてもずる賢いことをしていると感じる。

企業にそんなにお金があるんだったら、まともな商品づくりが出来るはずです。

数年前から危険だと言われている有機フッ素化合物(PFOS・PFOA)について、去年NHKがようやく取り上げた。この危険物質は身近なところではフッ素樹脂加工のフライパンや鍋、その他にもありとあらゆる身近な製品に使われている。

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あと今の季節では雪道に大量に撒かれている、塩化カルシウム(融雪剤)も体に安全なものなのか、疑問に思います。

マイクロカプセルを使っているような農薬や香料が入った洗剤・柔軟剤・部屋の消臭剤等、香りのある商品が喉の痛みや鼻水の原因になっていないでしょうか?冷暖房に使われている溶媒も。

メディアに出てくる専門家という職業も当てにはなりません。何故なら企業の回し者だからです。

今回取り上げた「マイクロカプセル香害」という本、このような関連の本は決してベストセラー枠には入れてもらえません。

昔なかった病気がどんどん増えている現代社会、なぜ癌という病があるのか、なぜ硬化症になるのか、なぜ骨粗鬆になるのか、なぜアルツハイマーになるのか、テレビや雑誌等のメディアの情報は鵜呑みにせず、自分でも調べてみてください。

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# by ceruto | 2025-01-27 19:52 | 台高 軽登山 | Comments(0)

波瀬神社と泰運寺近くには中央構造線の原石が!!【松阪市飯高町・三重県】12/31_d0387443_12354001.jpg
この岩の色の違いのところが中央構造線の境目

以前から山に行く時に通る道沿いにある泰運寺が何故か気になってしょうがなかった。

piccoloさんに行ってみたいとリクエストし、近くにある波瀬神社にも寄ってきた。

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波瀬神社と泰運寺近くには中央構造線の原石が!!【松阪市飯高町・三重県】12/31_d0387443_12342754.jpg

先に波瀬神社に行く。

銅でできた鳥居をくぐる。鳥居に梅マークが入っている。

しめ縄にはちゃんと稲が使われている。

最近、しめ縄を稲ではなく化学繊維で作っているところをよく目にするようになった。

見掛け倒しの伝統になっているとなんだか寂しい感じがする。

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でもよくよく考えると明治維新後に作られた明治政府は廃仏毀釈をしたり、一村に一つの神社として寺や神社を何万という数を壊してきた。

神仏の有り難みや伝統行事など、簡単に破壊できるものだったんだと感じる。

1868年に列島が日本国という国になって、それまであったものの破壊はどれほどだったんだろう。そういう歴史は教えられない。


明治政府の役人はそれまで培ってきた、江戸時代まで存在した、それぞれの国(藩)の伝統的なことをなくさせ、西洋式に全てを変えていこうとしていたことを知った。

文字や国語をローマ字や英語に変えようということにまでなっていた。

日本語を作った上田万作の本を読んで知った。

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この本は、東京帝国大学のことが知りたくて読んだ。ドイツを始め欧州に留学していないと入学できなかった。
知識人と言われていた人たちの理由のわからん、落としあいの汚い世界だと感じました。

国語とはそれぞれの藩の地方言語だと列島内では言葉が通じ合わないので、日本国という国を作り上げるのに共通語が必要だということで生まれたのが日本語だ。

現代人は、そんな流れがあったことなど考えもしないだろう。

私も何かがおかしいと感じ始めた時から、いろいろと調べ始めて、このような流れがあったことを知った。

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他の国は革命なのに日本はなぜ革命ではなく、維新という言葉を使うのか疑問だった。

戦争ではなく事変という言葉だったり、何でなんだろう?と感じる。

大正時代にはデモクラシーという言葉が登場する。民主主義を表す言葉だと教えられている。そもそもは古代ギリシャ語のデモクラティア(demokratia)で民衆を意味するデモス(demos)と権力を意味するクラティア(kratia)を結合した言葉。

何か日本人という国民をだまくらかすための造語が多いような気がする。

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明治政府の役人たちや知識階級や文化人の人たちはドイツを始め、英国・フランス・ロシアなどに留学していたり、学校の教師が西洋人だったので西洋思想に染まっている人たちばかりだった。

維新前に、革命を起こすためにどこでどうやって西洋人とやり取りをし始めたんだろうかと疑問を感じる。銃や大砲などは西洋から輸入し、兵士の訓練も皆西洋人に教わっている。

急に始まったものではないことがわかる。用意周到に練られて始まったんだと感じる。

だいたい支配する奴らは、内戦を始めさせるのが常である。

同じ民族同士で憎しみ合い殺し合いをさせて、武器を売って儲け、そこそこ儲けたら仲裁に入ってくると、いいとこ取りをしていく頭のいい人たちだ。

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織田信長の時代にイエズス会がやってきてるから、いろんな藩に出入りもしていただろう。

外人を見たことがないなんて嘘だわ。

なにせ600年代くらいからイラン人が朝廷で働いていたんだから、外人を知らないわけがない。

何かおかしいなと思って調べていくと、いろんなことが掘り出されてきた。

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まだイエズス会が作られる前に創始したロヨラとザビエルが出会った頃の話。

織田信長の時代にポルトガルから来た武器商人は最初は武田勢に銃を売り込もうとしていたが武田勢には石投げ隊がいたので銃は必要なかったので売れなかった。

武器商人は織田信長のところにも売り込みに行くと買ってくれることになったらしい。

そう考えれば、武田勢の石投げで人は簡単に殺せると思う。

銃ってわざわざ手間を掛けて作らないといけないものが必要なんだろうか?

火薬を作る時に爆発を起こしたりして危険な代物だ。

イエズス会は表の活動はカソリックの信仰心を伝導するということになってるが本業は武器商人と人身売買らしい。

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西洋から始まった革命思想が日本にも伝染してきたように思う。

用意周到に練られて維新を西洋の指導の元、始めたように感じる。

イタリア統一戦争から何かが始まった気がする。

ジュゼッペ・ガリバルディとジュゼッペ・マッツィーニらの思想からヨーロッパで1848年に色んな国で革命が勃発した。

日本の維新の人たちは革命仲間だったのかも。

このジュゼッペ・マッツィーニとアルバート・パイクの往復書簡に第三次世界大戦のことが書かれている。今始まっていることを予言しているかのようだ。

明治政府の役人たちは、ほぼ下級武士だったので維新前までの伝統に不満を感じていた人たちなのかも。だから革命の話に乗ったのかな?

支配層の人たちは下級武士や貧乏な人たちを焚き付け、殺し合いをさせ、自分たちの手は汚さないのも常だ。下々に争わせ、支配層は上で繋がっている。そうやって人口を減らさせる。戦争とは、支配層の金儲けのためにあるものだ。宗教も支配するための仕掛けになる。

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明治前後、ドイツとの交流が凄かった。

なので平気で廃仏毀釈や神社を減らすことが出来たんだろう。

宗教があるおかげで争いが起こっていることが多い。

昔の人達は上下関係が絶対なので、上の人に命令されれば、間違っていることでも下のものは従わないといけない主従関係があった。

エリート校では先輩後輩の関係は絶対的支配になっているんじゃなかろうか。

そんな馬鹿げた関係こそ破壊していかなければいけない。

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廃仏毀釈が起こったのに生き残った仏教宗派がいたんだ。

ライバルの宗派を潰すには良い機会になったのかな?

明治政府の要人はキリスト教派(カソリック・プロテスタント・正教会etc)が多いのかと思いきや、調べていくと、どうも浄土真宗・禅宗・真言宗・日蓮正宗・ゾロアスター教といろんな仏教宗派の人間だったよう。

世界戦争へと導いたのも、これらの宗派の人たちだと知った。

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大谷光瑞は西本願寺の法主になる前に仏教徒なのにお弟子さんを数人連れて英国留学をしていた。
そしてシルクロード探検をした人。孫文に依頼され国民党政府最高顧問にまでなった人。東南アジアに大農園を持っていた。

当時の西本願寺の法主の大谷光瑞の本を読んで、そう感じた。

宗教が中心になって人を殺していくことを先導している。どういうことなんだろう?

またまた脱線した話が長くなった。

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瀬神社は広くて綺麗に整備された神社だった。

二個目の鳥居に飾られている盾が海軍大将男爵 大角今生と彫られている。

本堂のところの盾は従二位子爵源長生敬書と彫られている。

これらは戦争時に建てられた神社になるのかな?

現代、私達が見ている神社は戦争中や戦後に作られたものが大半なんじゃなかろうかと感じ始めた。

お賽銭入れの中に可愛らしい木彫りで出来た神様や銅でできた神様が鎮座していた。

面白い。

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大正時代に建てられた鳥居。神宮遙拝所 と彫られているところを見ると伊勢神宮に行ったことになるようなことなのかな?

柱が御即位大禮記念になっているから、大正天皇を拝むものなのかな?

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泰運寺に移動しようと神社を後にしようとしたら目の前の高台にソラーパネルがびっしりと敷き詰められていた。

素朴な村の畑放棄地や空き地がどんどんソーラーパネルで埋め尽くされていくんだ。

設置して後悔している人たちはいないのかな?

この数年、ソーラーパネルの設置が加速している気がする。

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気になっていた泰運寺へと側道に入っていくと、思っていたより遠い。

道中には点々と石の像が出てくる。何体あるんだろう?数えられなかった。

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駐車場へ到着。トイレも完備されている。この石段を上がっていくと有形文化遺産の大梵鐘の「八角銅鐘」があるらしい。

お寺は無人のよう。とりあえず鐘を見に行ってみよう。

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道中見た石の像が何体もある。なんだか可愛らしい。

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何が彫られていたかわからない時代の風化したものもあった。



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なんと大きな鐘なんだろう。八角の鐘なんて見たことない。

しかも何かお経のような文字がびっしりと彫られている。

piccoloさんが鐘をつくと物凄い心地よい響きが広がる。なんて素敵な音色なんだろう。

鐘の上に八体の龍の顔がある。これは後の時代に付けられたものらしい。

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卍マークは鈎状だ。変わってる!!そして獅子が彫られている、かっこいい〜。

お花も彫られている、なんの花だろうか?

鐘の付く場所の彫り模様がカッコいい。

これは見に来た甲斐があった。

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大黒庵があり、大黒さんが鎮座していた。鉱山が関係しているのかな?

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周辺散策、青竹がきれいな色だ。

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灯籠の形が可愛い。

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うろちょろしていると変わった場所を発見。

沢のある石の色がぜんぜん違う。何だこれは?

中央構造線原石と立て看板があった。この近くに月出の中央構造線がある。

そこの延長線上になるんだ。凄いこれは感動物だ。

piccoloさんを呼びに行く。二人して感動した。なんて素晴らしいものが拝めたんだろう。それも年末に、山の神様が呼んでくれたのかな!!

泰運寺もなかなか素敵な場所にあり、素敵な大梵鐘を見、音も聞けてよかった。

八角にすると響きの広がり方が良いのかな?

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お寺を後にし、もう一つ気になっていた松阪市立 波瀬小学校にも立ち寄る。

以前から西洋的な建造物でおしゃれだなあと思っていた。

もう小学校としては閉校になっている。

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校舎の屋根上にあるカリヨンの鐘が気になった。

どんな音を響かせるんだろう?

学校の鐘がカリヨンって珍しい。小学校のことが知りたかったけどネットには何も出てこなかった。

誰が寄付して作ったとか設計者が誰とかはわからない。

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校舎入口横にあるステンドグラスも素敵だ。

一度、カリヨンの音を聞いてみたいもんだ。

私は宗教のことはよくわからないけど、今回の回った場所は、芸術鑑賞として見て回った。

それぞれの職人さんの作品として見ると、素直な目で鑑賞できるから。





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陶板絵画で知られる大塚国際美術館に行ってきた【徳島県鳴門市】12/1_d0387443_16523633.jpg
大塚国際美術館の入口から長いエレベーターで上がっていき、眼の前にこの部屋が出てきます。
徳島県出身の米津玄師が紅白に出演した時に中継された場所だ。
イタリア フィレンツェのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの最後の審判の陶板の再現画
実際にイタリアに行った時に見たが空間的にはもう少し狭い場所だった。
陶板絵画で知られる大塚国際美術館に行ってきた【徳島県鳴門市】12/1_d0387443_16523751.jpg

徳島県鳴門市にある大塚製薬の大塚グループ創立75周年記念事業として1998年「大塚国際美術館」が開館された。

因みに殺虫剤で有名なアース製薬は当時の大塚製薬社長の末の弟さんの会社。大鵬薬品も大塚グループ。

大塚グループ会社の一つで大塚オーミ陶業㈱というタイルの製造をしていた技術課長の板垣浩正さんとアース製薬㈱の社長の大塚正富さんが「工場は紀伊水道に面した白砂海岸がずっと海峡まで続いており、その白砂を使ってタイルをつくろうと思っている」と言われ、鳴門の工場内でタイルを創り始めた。

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陶板絵画で知られる大塚国際美術館に行ってきた【徳島県鳴門市】12/1_d0387443_16523785.jpg

昭和48年のオイルショックで石油価格が12倍にも高騰し、操業が出来なくなり役員一同頭を抱えて考えた末「陶板に絵を描いて美術品の方に移行しようじゃないか」ということになったそうです。

創業50周年に大型美術陶板・写真陶板の制作に成功。

世界で有名な美術絵画を傷や欠けたところも、実物のまま陶板に再現されています。

陶板名画だと50年、100年経っても本物の実物の色彩が変わらず残るようです。

古代はローマ時代の陶器に描かれている絵やモザイク画、中世、ルネサンス・バロック・近代・現代まで1,000余点の有名西洋絵画が楽しめるようになっています。

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陶板絵画で知られる大塚国際美術館に行ってきた【徳島県鳴門市】12/1_d0387443_17001538.jpg
エルグレコ

今回、私は4回目の訪問でpiccoloさんは2回目の訪問。

私が美術関係が見るのも聞くのも大好きで、いろんな美術展の本物が来た時にたくさんの来場者でゆっくりと眺めることが出来ないのが嫌だった。

大塚国際美術館では陶板に実物のまま再現しているものをゆったりと好きなだけ眺めることができるので大好きな美術館だ。

隅々まで眺められるので、面白い発見が多い。

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陶板絵画で知られる大塚国際美術館に行ってきた【徳島県鳴門市】12/1_d0387443_16592129.jpg
古代の部では絵だけでなく、その絵を飾っている場所の建物内から再現されている箇所もいくつかあるので、こんな感じで飾られていたんだと当時の様子が垣間見られます。

とにかく1000点もあるので見ていくのにかなり時間がかかり、一日では到底無理。

4回目にして、ようやく見切ったなあと思いましたが、それでもかなり時間が足りないなあと感じた。

普段の美術展だと自分が好きな画家の時しか行かないけど、ここでは知らない画家の作品も見られ、新たに興味の分野が広がる。

時代にとらわれない作品群の数々であっという間に時間が過ぎていきます。

地下3階から地上2階まで鑑賞ルートは4kmもあり、全て見終わった後は、クタクタになります。

私が一点、一点の絵を見るのに隅々まで眺め回すのでかなり時間がかかり、芸術に関心がないpiccoloさんはかなりの時間を持て余し、休憩場所で寝て待ってます。なので私的には待たしているということもあり、本当はもっと鑑賞したいのだけど本当に見たい三分の一位の時間で短縮して見ています。

本来なら何日も泊まり込みして見たいくらいです。

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スクロヴェーニ礼拝堂にあるのジョットの絵

大塚国際美術館を知るまでは、絵画は見た感じで好きか嫌いかしかなかったけど、美術館のシスティーナーホールに再現されているバチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの最後の審判の壮大な壁面画を前にスタッフの方の説明を2回目に来た時に初めて聞いて、絵画の歴史、時代時代で描くルールがあったことを知り、絵画美術史の本も読むようになった。

スタッフの説明で、はっとさせられたのがスクロヴェーニ礼拝堂の壁面画の説明時に13世紀に活躍した画家ジョットの話を聞いたときだ。

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陶板絵画で知られる大塚国際美術館に行ってきた【徳島県鳴門市】12/1_d0387443_17031252.jpg

それまでの絵画は教会の聖職者の手仕事だったのがジョットの登場で独立した俗人による美の創造という「芸術」に移行したからだ。

それまでは聖書の物語の絵画には人間の生き生きとした表情は描かれることはなかったのがジョットの登場で生き生きとした表情を描くことが出来るようになった。イタリアではルネッサンス(啓蒙主義)が花開き始めた。

このルネッサンス(啓蒙主義)って、知識や化学が発展していたイスラムの影響を受けて始まっていると思う。

830年にアッバース朝の第七代カリフ・マアムーンがバグダードに知の館(バイト・アル=ヒクマ)を作った。知の館(バイト・アル=ヒクマ)は図書館を指すサーサーン朝の呼び名の翻訳。

「近代光学の父」と呼ばれるイブン・アル=ハイサム(965~1040年イラク生まれ)はエジプトのカイロで光を始めとする様々なことを研究した偉大な科学者。

牛の目を使って、眼球でどうやって映像が写し出されているかを解明した人。

鏡やレンズについても光の屈折や反射の原理をいくつも見つけた。

光についての研究をアラビア語で「光学の書」にまとめている。

イスラム文化のほうが西洋文化より先に発展していたんだよ。日本ではあまり教えられていないけど。


しかし今調べたら、バイト・アル=ヒクマ知の館)という言葉の翻訳がファーティマ朝ではダール・アル=イルム(知恵の家)と区別がつかないとされている。

イルム(家)とヒクマ(館)の日本語訳だと意味的に差異があると。

イスマイール派神学上の用語である「ヒクマ」と一般的な知識の意味で用いられていた「イルム」の問題があると。何かようわからん。

昔の書物は原本が古代ギリシャ語・アラビア語・ラテン語を西洋のそれぞれの国の言語で翻訳されている。

日本に入ってくる時は西洋で翻訳された書物を日本語に翻訳するので、西洋での翻訳が間違っていれば日本の書物は間違ったまま解釈されているものもあるようだ。

外国語が日本語に翻訳される時に翻訳者の解釈度により、日本語に訳す言葉(単語)の選択が違うことがよくある。なので翻訳する人によって、話が原本とはかけ離れたり、翻訳家によっても物語の文章が違うことがある。

原本の言葉が理解できることが本当は間違いなく理解できる方法なんだろうけど。

文化や生活様式が違っているので、そのまま翻訳しても日本人には理解できないことも多々あり、日本人が理解しやすいように翻訳家が話を変えているときもある。

日本の民話でさえ時代に寄って物語が今の時代にあったものに作り変えられているから、原本のストーリーと現代の物語ではストーリーが全然違うものになる。

なので生まれた年代に寄って、同じ物語でもストーリーの解釈が違ってしまう。なんかややこしいね。

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あれっ?キリストにおっぱいがある!?女の人だったのかな?それとも両性具有?
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最後の晩餐も時代や画家の解釈に寄って描かれ方が違うから面白い
聖書の書かれているアダムとイブの話も知恵の実とあるがその実がリンゴとは書かれていない。誰がリンゴと言い出したのか謎です。
日本でで教えられていることって、デタラメが幅を利かせていることが多いので、自分で調べないと本当のことは見えてこない。戦後の日本人愚民化政策のためにデタラメ情報が学校やメディアで堂々と教えられている現代。

2回目の大塚国際美術館に女友達と行った後の9月に別の女友達3人でイタリア世界遺産の旅に10日間行くことになった。

その旅行の日程にアッシジの聖フランチェスコ教会が入っており、ジョットの絵画を見る事ができた。

ラピスラズリという鉱石を使った青色も見られて、なんだか感慨深かった。

他にもフィレンツェのウィッツィー美術館、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にも行き、イタリア美術を堪能できた。一番の感動は、死ぬまでに見たいと思っていたミケランジェロ作のピエタ像を真正面で眺められたことで夢がかなった瞬間だった。

大塚国際美術館でスタッフの説明を聞いたからこそ、いろんな美術館巡りが深みを増したように思えた。

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古代ギリシャでは裸でレスリングをするのが流行っていた。確かプラトンもレスリングをしていたと思う。
レスリングって、どこの国でもあったようだ。
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古代の同性愛、若いツバメと中年男性のカップル
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マケドニアのアレクサンドロス大王とペルシャ王のダレイオスの戦闘シーン
有料チャンネルのインドのドラマで「ポロス」がこの時代設定でアレクサンドロスが金髪でダレイオスの身長が低かった。
美男美女が出てくるドラマで見応えがあった。

ローマ時代の美術から近現代までの美術の流れは、その時代の社会をある程度勉強しないと理解できないことがわかった。

たとえば描く場所や絵の具類も時代によって全然違う。そんなこと考えたこともなかった。

油絵は15世紀前半にネーデルランド(オランダ・ベルギー)の画家ヤン・ファン・エイクが油絵の技法を確立した。

「アルノルフィーニ夫妻の肖像」なんか、色彩が美しくて、後ろの鏡の中の絵とかいろんな暗号が散りばめられているようで好きな絵だ。

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聖書の物語でも、いろんな画家が同じ題材を描いていて、それぞれの表現方法がすごく面白い。そんな物が見られるのも大塚国際美術館ならではだと思う。

人物像や風景画なども時代に寄って、決まり事があった。

レオナルド・ダ・ビンチの最後の審判の修復前と修復後の絵も大塚国際美術館で向かい合わせで見られる。

全然見た目が違っていて驚きますよ。

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上の絵4つともマリアの受胎告知。聖書の絵には描く決まり事がある。画家によっていろんな表現があって面白い。

絵画は字が読めない人でも物語が理解しやすい、当時のメディアになるんじゃなかろうか。

いろんな絵には、分かる人にはわかる暗号的なものが描かれている。

それは置いてある物であったり、植物や果物だったり、何かしらのメッセージが潜んでるらしい。

そう言えば、クラシック音楽も音符に暗号を潜ませてるんだって。

だから18世紀以降の音楽家はフリーメーソンが多かったのかな。

公に言えないことが多かったからこそ、絵や音楽に潜ませるみたいなことがあった。面白いね。

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これも受胎告知。宇宙から神の光線が出てる~

近代の絵画では、産業革命で公害だらけだった都市はスモッグがひどく、なので印象派のような郊外で公害のない美しい風景画を描いたとか、キュピズムは写真技術のせいで絵画界が危うくなった時に写真では表現できないことを表現しようと始まった絵画運動だったように思う。なので一般的には理解不可能な絵が多い。

そういう風にその時の社会実像がわかると美術品の見方も変わってくる。

常に時代は新しいものを産み出していかないと、ものを作る人達は生き残れない、葛藤があるのかな。

でもこういう新しいものを生み出す芸術家の発想力は害がないから良いと思う。

普通の人が想像もできないようなことを見させてもらえるのは面白い。

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ラファエロのアテネの学堂、中国語の説明でラファエロってこんな漢字なんだ。

私が調べている、加工食品や製薬や化学などは、人体や自然界に悪影響を及ぼす。

化学者や知識人や研究家がいるかぎり、良い方向に行くどころか世の中をどんどん悪影響を起こす方へと導く。

こういう人たちの悪辣な活動で悲惨な目にあっている人がものすごい数いることを知った。

アフリカなどでは、無料診断だと言って、消費期限の切れている薬などを使って診察していたり、タダ同然の食料を配り、人体にどのようなことが起こるか調べていたり、人体実験がボランティアという形でされている。

赤十字は戦争で傷を負った人を国籍に関係なく助けると、まるで良いことをしている風だが、それなら戦争が起こらないように働きかければいいではないか。戦争がないとやっていけないのが赤十字の活動だ。

メディアで良いことだとされているものの裏にはいろんな汚い利権が絡んでいる。

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聖母子の絵、大塚国際美術館にはこれら以外に他の画家の聖母子の絵もあります。

世界にはたくさんの芸術家がいると思うが日本で有名になる意図ってどういう風になっているんだろう?とふと思った。

とにかく明治時代とともにいろんな嘘もはびこり始めたので、本当と虚構の境目ってどうなっているんだろう。わたしたちが教えられた歴史やその時系列って誰が、どんな組織が作り出したんだろう。

学校で習うカリキュラムとか生活上の常識とかも。

般若心経の「空即是色・色即是空」って上手いこと言ったもんだなあと感心する。全てには実態がないと。

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ピーテルビュルーゲルのバベルの塔の絵は細かいところまで丁寧に書かれていて、近づいて見ると色んな発見が出来て面白い
どうやって塔を建築しているんだろうとか、当時の建築技術が見られる。

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いろんな子どもの遊びが描かれている
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1600年に西洋で死体の解剖が見世物になっていたことをこのレンブラントの絵で知った。
いろんな人物はその時に絵に書いてもらえるようにお金を払った人たち。
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この絵には骸骨が描かれていますが、どこに描かれているかわかりますか。
後ろのカーテンを見て思い出したが1814年に「エメラルドグリーン」が合成・工業化に成功し、待望の鮮やかな緑として熱狂的に受け入れられた。顔料名は酢酸亜ヒ酸銅でヒ素化合物を含んでいて猛毒だった。
これらが塗られた壁紙やカーテン、染めたドレスが上流社会を席巻し、死ぬ人もいた。
毒性が知られてからは殺虫剤、農薬として活躍。
イタリアが第一次世界大戦にマラリア対策で空から大量に撒いていたこともあった。
こんなことがわかれば現代に言われている感染症などが菌類のせいではないことがわかってきますね。
ペストって、菌のせいだとは言われていなかった。誰が菌類のせいにしだしたか、ロベルト・コッホの時代が濃いと思う。
人工的に合成された色彩って毒を含んでいるものが多く、画家とかが頭がおかしくなったりするのはそんな顔料を使っていたからだ。
現代もいろんな物が農薬として空から撒かれていたり、いろんな化学物質が飛散している。有名化学企業が作り出しているものばかり。
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この絵がヤン・ファン・エイクの「アルノルフィーニ夫妻の肖像」
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この静物画が写真みたいにリアルだ。
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アンチボルドの絵はいろんなものを組み合わせて顔に見えるように描かれている。
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電気の発光だったかな
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難破した人たちの絵がリアル
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左側から年老いた人たちが若返りの泉に入り若返って右側へと出ていく。
1500年代に描かれた絵のストーリーが面白い。
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ルノアールの絵だったかな、1800年代は日本文化が西洋で流行っていたから着物を着て、うちわや扇子を持っている。
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ここから1900年代以降かな。
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ダリの絵
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戦争特需とかで儲けた大手企業は財団を持ったり、芸術のパトロンにならないといけないような流れがあるのかな。
フジサンケイグループの内情が分かる本を読んで思った。
芸術のパトロンにならないと世界に認められる企業にはなれないらしい。
美術館って大概、企業が所有しているもんね。
所有している物によって地位が決まったりするのかな?

ブログテーマ:溜まっている下書き、投稿してみませんか?
# by ceruto | 2024-12-31 19:01 | 出来事 | Comments(0)

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いつも遊んでいる山の中に当時、世界一の商社と言われていた鈴木商店が所有するアセトン工場があったことを知り合いの方が調べていて知った。

アセトンは揮発しやすい有機溶媒として使われる有機化合物だ。

消防法により危険物第四類に指定されている。

1889年に発明された無煙火薬が製造されるとコルダイトを製造するための溶媒として大量にアセトンが必要となり、需要が激増した。

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危険有害性情報として「引火性が高い液体及び蒸気、目刺激、生殖能又は胎児への悪影響のおそれの疑い、眠気又はめまいのおそれ、呼吸器への刺激のおそれ、長期又は反復暴露による血液の障害のおそれ、飲み込み・気道に侵入すると有害のおそれ」、MSDSに「目の刺激性、中枢神経への影響あり」と表示される。吸引すると頭痛、気管支炎などを引き起こし、大量だと意識を失うこともある。

普段おしゃれのために使っているマニキュア落としの除光液はアセトンだ。

いろんな身近なところにも、アセトンは生活用具や仕事用具として存在している。

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どうもアセトンを調べていると爆薬製造以外に死体を浸けておく溶剤でもあったようだ。

大きな世界大戦を前にこのような有機溶剤の発酵の研究がたくさんの研究所でされていた。

1800年代後半から1900年代初頭の先進国は戦争に使用する兵器の開発合戦だった。

要は産業革命で人口急増してしまった世界の人口をいかに効率よく減らすかということに優生思想とんでもない思想が反乱していた時代の知識人達は躍起になっていたのではないだろうか。

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この表は、日露戦争時の捕虜が全国にいた人数が記載されている。
大阪府堺市の浜寺公園にいた人数がダントツに多い27,925人

アセトンの危険性は凄いのに、現代でもいろんな工場で普通に有機溶剤として使用されている。こんなとんでも有機溶剤は他にも多種類あるだろう。

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ロシア人俘虜収容所(捕虜)があった県

当時、世界の商社第一位になった鈴木商店の所有するアセトン工場が遊んでいる山に存在していたことで、今まで戦争のことにまったく興味がなかったのが図書館で戦争についての本を読んだり古本を買ったりするようになった。

有毒ガスを使った第一次世界大戦など、いかにして人体を破壊するかの実験・研究が凄かった日本。当時の有名大学は、そのような研究をするために誕生したのではなかろうか。

とくに台湾を統治してから、そんな研究が横行するようになった。

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第一次世界大戦のドイツ人俘虜(捕虜)がいた徳島県坂東の収容所の施設配置図 
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明治維新とは、当時のとんでもない思想が広がるヨーロッパの思想にどっぷりと浸かった維新を起こした人たちが、その後、先進国の仲間入りを果たすために軍国主義真っしぐらに走っていくことになった革命だ。

軍国主義への教師は、皆ドイツ人を始めとするヨーロッパの人たちだ。

維新後の日本国を作っていく西周(にし あまね、)をはじめ伊藤博文などの政治家はなぜ、プロイセンを選んだのかが知りたくていろいろと調べだした。

戦争特需で儲けた企業が戦後に何で儲けるかと言うと食品関連や製薬に方向転換したのではと思っている。

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なので今、調べている加工食品に使われている添加物などを調べるには、この優生思想が広がった1800年代のヨーロッパの歴史から見ていかないといけないのではと思った。

明治以後の農業というのは野菜などを食べるために大農場を作ったのではなく、植物から取れる糖類を発酵研究して兵器に使う物質を生み出すためだったように感じる。

その大量に出てしまう野菜や果物クズを使ったのが加工食品のはじまりではないだろうか。それと肥料会社だ。

クズまでも資本に変えていく錬金術。

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この地図は第一次世界大戦のドイツ人俘虜収容所があった県

1700年代に長崎の出島にやってきたシーボルト(オランダ人ではなくドイツ人だった)

シーボルト事件の本をたまたま古本屋で100円で買った。

このあたりから、プロイセンと維新というテロを起こした当時の長州と薩摩と佐賀と土佐の人たちが繋がっていたのではないだろうかと感じた。

緒方洪庵(緒方洪庵の本名は佐伯だから空海と同じソクド人の血が入っているのかな)の適塾にいた人たちが維新や維新直後に大活躍しているのにもなにかシーボルトと関連がありそう。

緒方洪庵が1858年にコレラ流行時に種痘を広めた。このあたりから医療の嘘が始まったと思っている。

医療の歴史から調べているとこの時代の西洋医療がとんでもない治療ばかりしている。変な調合の効かない薬とか。

そんなことをされて余計に体調がおかしくなる人が多かった。


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福澤諭吉・橋本左内・大村益次郎・佐野常民・大鳥圭介・高松凌雲・花房義質・長与専斎・池田謙斎・箕作秋坪など。

福澤諭吉は日本の思想に、佐野常民は日本赤十字を作った、長与専斎は日本の医療の衛生という言葉を訳語し、後藤新平を衛生局に採用した人間だ。

こいつらが日本の闇を作った輩なんだと思う。

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この人たちは、どこぞの寺の回し者なんじゃなかろうかと最近、いろいろと調べていて感じるようになった。まだ半信半疑だけど。浄土真宗?臨済宗?日蓮宗?なにせ当時の仏教などの宗教が戦争への資金(ヨーロッパやアメリカの資本家も)を出していて戦争に行くように信者を教育していた。(仏教って、人を殺してはいけないという教えではなかったのだろうか?キリスト教も)

何故そう思ったかと言うと西本願寺の22代目法主の大谷光瑞の話を読んり、臨済宗の釈宗演の存在を知ったからだ。

そして釈宗演の弟子の鈴木大拙の嫁が神智学協会のベアトリス・レインで鈴木も神智学徒になっている。

この時代のいろんな宗教の動きが変なんだ。大谷光瑞は宗教以外のことに手を出しすぎているのにも違和感を感じる。(農業や化学)

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明治維新後の戦争・日清戦争・日露戦争・世界大戦(大東亜戦争に興味はあるが、太平洋戦争には興味がない)など、騎馬戦ではない兵器や毒ガス・生物兵器などを使った一気に人口を減らしたり、身体障害を負わせる戦争へと変わっていった。

たくさんの孤児も生み出された。(調べるまでは孤児院が人身売買しているところだと知らなかった。医療の闇が広がった孤児を使った臓器売買が現代もあるらしい。)

台湾・朝鮮・満州領有時代(インドネシアとか東南アジアやミクロネシアとかも)や戦後の連合国統治時代の日本を知らなければと現代が紐解けないんじゃないかと感じている。日本を始め多国籍で繋がっている組織があるようだ。

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現代の政治家の人たちや芸能人はこの時代に領有していた国の子孫にあたる人が多いように感じる。

世界のあっちこっちにいた日本人の落とし子は世界にはたくさん存在していた。

これらのことを調べるまで全然知らなかった。(明治時代、移民として色んな国に分散して住んでいる日本人も多い。)

そして日本に来日していた、お雇い外国人や俘虜(捕虜)で来てた外国人との間にも落とし子がたくさんいた。さらに連合国統治時代にも。

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たまたま古本屋で日露戦争時の日本にやってきていた俘虜(捕虜)の本を100円で買え、1905年に全国に日露戦争に参戦していた外国人たちが物凄い人数いた事を知った。

大陸からの、その人達の運搬費用とかどうなっているんだろうか?わざわざ内地に送り込む何かがあったんだろうか?建築?鉄道線路の敷設とか?

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次に第一次世界対戦時のドイツ人俘虜(捕虜)のことを図書館の絵本で知った。

西日本には俘虜施設が多かった。1917年から1920年の3年間、皆、強制労働もなくクラブ活動をしたり、俘虜生活を満喫していたようだ。

今回の旅行は自分たちの結婚記念日を兼ねて四国へ行く事になっていて、ぜひとも徳島県鳴門市坂東にあったドイツ人俘虜収容所跡も見たいとpiccoloにリクエストした。

一日目はpiccoloさんのお友達が徳島県に住んでるので会いにき、二日目に坂東に行き、ドイツ人俘虜がいた場所がどんなところかを見に行った。

鳴門市ドイツ館にも行ってきた。

4年前に知り合いが貸してくれた少女漫画でドイツ俘虜との間に生まれた女の子の話を読んでいた。

その時はドイツ人俘虜のことは知らなかった。そんなことがあったんだと知ったのはその時だった。

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俘虜の人たちがいた時代の建物はなく、なぜかパン工場跡だけ残っていた。

うん???あれ???

20代の時によく三宮に遊びに行っていて、そのときに焼き立てパンの店ケルンのドイツパンが大好きだった。(御影にある店が本店)

そしてあの有名な焼き立てパンのカフェのフロインドリーブ。あれこの名前はドイツ語だよね。

うん??バームクーヘンのユーハイム

あれ、私、昔からドイツゆかりのものを食べていたんだ。

カール・ユーハイムは当時のドイツ人俘虜の中にいた人で、故郷に帰らず日本に残ってバームクーヘンの店を開いた。

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日本にいたロシア人俘虜(ロシア人といっても、東ヨーロッパや北欧の人たちも入ると思う、あとシベリア人やモンゴル系)やドイツ人俘虜(ドイツ人といってもポーランド人やウクライナ人やイタリア人やトルコ人とか色んな国の人)当時の兵士は多国籍なんだと思われます。自国の国民を傭兵として派遣して儲けていた国もあったから。中立国と言われているスイスなんか傭兵業で儲けているね。

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日本人は当時、この人たちから多大な影響を受けていたんでしょうね。

だから当時の国内には西洋的な建物が多かった。いろんな技術を学べたんですね。文学も。

1904年から1920年までにいろんなことを学べて、その集大成が第二次世界大戦なんじゃなかろうか。

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この鳴門市ドイツ館のパンフレットにベートーベンの第九が初めて演奏された地の坂東を第九の故郷と書いてある。

なんで?なんで演奏したからと言って、故郷になるんだろうか?意味不明だ。

しかもクラブ活動の一環として小規模なオーケストラで、日本人は誰一人も見に来ていない。

日本の年末に第九演奏をするいろんなオーケストラが全国にあるけどこの辺と関わり合いがあるのかな?

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私は昔フロイデ合唱団に入っていた。1年くらいだけど。

フロイデ(FREUDE)ってドイツ語だよね。気が付かなかった。確か「歓喜」という意味だったかな。当時の年末にシンフォニーホールで第九歌ったわ。


そしてベートーベンが気になり始めた。なんとベートーベンはフリーメーソンだった。

あれ??音楽室に飾られていたクラシックの絵の人たちも、おおかたフリーメーソンだったことを知った。クラシック音楽をやっている人のブログに書いていたから間違いない。

いろいろ調べていると色んな有名人がフリーメーソンなんだよ~~~西周とか。

フリーメイソンって 自由瞑想なんじゃないかと最近思うようになった。禅の世界だね。

やたら有名外国人(文化人や王族)がテレビに映る時に仏像が置かれている映像が多いんだよ。

日本のフリーメイソンロッジって東京タワーと徳川の菩提寺の増上寺の近所だわ。

増上寺は浄土宗。

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寺って科学系のことを学んでいたんじゃないかと思う。あの寺の建物の配置は電気回路なんだろうと思うがどうだろう?

ドイツ人を始め、諸外国の人たちが捕虜として日本に来ていたのは、啓蒙思想でキリスト教からの開放のために禅を習いに来ていたのかなと感じる。当時欧米では仏教ブームがきていたから。キリスト教は個人の幸せよりも集団生活を重んじるが、禅の教えが個人の幸せという教えだったから。

来世より現世の幸せ。そういう夢を見に日本に来ていたのではないだろうか。

なので俘虜たちは強制労働がなく、自由闊達に日本での時間を満喫できたのでは。

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しかし、当時はいろんな馬鹿げた研究もしていたので、良い関係だったのか悪い関係だったのか判断が難しい。

仏教(禅も)指導者が良い時代に変わるための戦争だと教えれば皆、賛同しただろう。

今やっていることは正義のためだと嘘を教えられて、悪いことへの加担だったとあとで知ることになるんだろうな。

そして1945年に目に見える戦争は終わり、新たな食や医療などの身体に仕掛けられた目に見えない戦争が始まったのかな。何故なら戦争の形態は時代に寄って変わるからです。

今、NHKで「坂の上の雲」という日露戦争へと入っていく時代のドラマが再放送されている。

NHKが司馬遼太郎にドラマ化をお願いしたが了承を得られず亡くなってしまい、その後著作権を得た奥さんから了承を得てドラマ化された。

NHKは「坂の上の雲」を大型プロジェクトとして力を入れていた。何か臭うな。

ドラマ上で広瀬武夫が恋仲になったロシア人女性のアリアズナ役の女優を見た時に何処かで見たわと思って調べたら、有料チャンネルのロシアドラマの2014年から放送されたロシア女帝エカテリーナ2世の主役の女優さんだったことがわかった。

このエカテリーナ2世がロシアを大国にした人でドラマは凄い見ごたえがあった。

どうも司馬遼太郎もなんだか胡散臭い。ただの小説(フィクション)なのにこの人が書いた作品の人物をそのまま信じる人が多いのがどうなんだろうと感じる。

フジサンケイグループの内情の本を読んで、司馬遼太郎にも何か裏があるなと感じてしまった。


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何故か、ドイツ人俘虜が四国の狸伝説に興味を持っている文章が展示されていた。
私も数年前に色々と調べている時に四国の狸伝説を知った。北海道にも狸伝説がある。
スタジオジブリの「ポンポコ狸合戦」にも出てきた3匹の大物狸だ。
明治維新前に北海道をプロイセンに売ろうとしていた会津藩、何かしらで維新前のいろんな藩(国)はプロイセンとはつながりがあり、狸伝説も関係していたのかな?謎だ。












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# by ceruto | 2024-12-28 23:11 | お出かけ | Comments(0)